人事労務の「作法」

企業の人事労務課題を的確に解決します

154.退職時の業務引継ぎへの備え

年度末は、4月から新たな職場に転職するための退職者が増える時期です。

この時期問題になるのは、有給休暇の取得と業務引継ぎの関係です。労働者は残った有給休暇は可能な限り取得しようと考えますが、企業側は業務の引継ぎが完了していない状態で有給休暇を取得されては困ることもあります。

労働基準法では、「有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない」とされています。一方、企業側には請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」という時季変更権が認められています。

ただし、例えば3月末退職予定の労働者から、最後の10労働日について有給休暇取得の請求があった場合、企業側が引継ぎが完了していないことを理由に、時季変更権を行使できるかというと、極めて難しいでしょう。

というのは、4月以降は労働契約が消滅するため有給休暇の権利も消滅します。有給休暇を4月にずらす場合は、退職日もずらす必要があり、4月から新たな職場に転職する人はそれが不可能です。

社員の退職に限らず、急な病気による長期休職の可能性もあり、本来は業務が属人化しないようにマニュアル化するなどの対応をしておけば、このような問題は発生しないはずですが、程度の差はあれど、どこの職場でも起き得る問題です。

もし、退職する社員との間で有給休暇取得と業務引継ぎの関係でトラブルが起きたら、まずは良く話し合って、有給休暇の取得を調整してもらうように誠実に企業側から交渉することです。

それでも交渉が難航したときは、引継ぎが完了しないことで事業の正常な運営を妨げる場合に限り、土曜日・日曜日などの会社休日に休日出勤命令を出して引継ぎを行うことは可能です。会社休日は元々労働の義務がない日ですので、この日に有給休暇を充当することはできません。

この場合、前提条件として、就業規則で「業務上の必要に応じて休日出勤を命じることがある」という規程がされていて、かつ、36協定で休日労働の取り決めをしている必要があります。

とはいえ、新たな職場に希望をもって飛び出していく労働者に、最後の最後まで負担をかけるのも考え物ですので、このようなことがないように日頃から業務の標準化を心掛け、急な退職にも対応できるように備えておくべきであることは言うまでもありません。

 

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153.人事制度の構築(40) すべての企業に人事制度は必要です

前回までで、賃金制度を構成する月例給与、賞与、退職金についての解説は終了しました。同時に、2023年11月から「人事制度の構築」というテーマで不定期に投稿し続けてきた、人事制度を構成する三つの要素である等級制度、評価制度、賃金制度についての筆者の一連の見解は今回でひと区切りとさせていただきます。

当初は最終的な着地点が明確でないまま書き始めましたが、徐々に一つの方向性が見えてきて、以降はその方向に沿った見解が示せるようになってきた気がします。

ただ、過去の投稿を読み返してみると、書き漏れていることも多々あります。これらの点については、今後個別のテーマで補足しようと考えています。

初期の投稿にも書きましたが、人事制度とは企業が経営目標を達成するために人材を管理する仕組みのことです。経営目標を達成するためには人材の育成が最重要課題であり、人事制度は人材育成に貢献する内容でなければなりません。

そして、人材育成のポイントは、「目指す人物像」を明確にすることです。その人物像に向けて必要な要件を具現化したものが人事制度となって表されるのです。つまり、目指す人物像に向けて到達段階を格付けしたのが等級制度であり、その等級の段階ごとに到達できている点、未達の点を明確にするのが評価制度で、それを処遇に紐づけるのが賃金制度です。

しかし、人事制度をこのように定義すると、組織が機能分化していない小規模企業の経営者のなかには、自社には人事制度など必要ではないと考える方はいないでしょうか?

一連の投稿で例示した各制度の内容は、ある程度の社員規模のある中小・中堅企業向けのものですが、小規模企業においても内容は簡素化したとしても、ぜひとも人事制度を構築すべきと考えます。

小規模企業においても、「優秀な人材が採用できない」、「採用した人材が定着しない」、「幹部となる人材が育たない」といった課題があるはずです。人事制度は人材育成を目的としますので、小規模企業こそ人事制度を構築すべきと考えます。社長の思い付きだけで評価や処遇が決まることがないようにしたいものです。

人事制度を構築することで、その企業が目指す人物像が明確になり、その人物像に向けて業務に取り組むことで、自分自身も企業も成長発展するというメッセージを社内外に発信することができるのです。

 

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152.裁量労働制適用下の36協定

前回、裁量労働制について触れましたので、今回は実務上盲点になりがちな裁量労働制と36協定との関係について考察します。

繰り返しになりますが、裁量労働制は特定の職種について、1日につき実際に働いた時間にかかわらず、労使であらかじめ取り決めした時間(みなし労働時間)働いたとみなす制度です。制度上は実労働時間の把握が不要ですが、深夜や休日に働いた場合は別途割増賃金の支払いが発生することや、労働安全衛生法上の健康確保措置の観点からも、実労働時間の把握が必要になります。

みなし労働時間を何時間とするかは労使の判断に委ねられていますが、上記で把握した実労働時間との乖離が大きければ、労働基準監督署の調査で指導を受けることが多い事項です。仮に、1日あたりみなし労働時間を8時間以内で取り決めすれば36協定の締結は不要ですが、実際には8時間以上働くことが常態化していれば、割増賃金は支払われないまま長時間労働となり、連合が懸念する「定額働かせ放題」となります。

しかしながら、実労働時間を考慮してみなし労働時間を取り決めしようとした場合、36協定との関係が問題となることがあります。

36協定で取り決めできる時間外労働時間の上限は、原則として月45時間、年間360時間です。1箇月の平均稼働日数を20日とすれば、1日あたり9.5時間労働(時間外労働1.5時間)で年間360時間に達します。つまり、裁量労働制を適用した場合で、みなし労働時間を8時間超に設定する際には、原則として1日あたり9.5時間が限界ということです。みなし労働時間を実労働時間に近づけて取り決めする場合は、36協定との関係を考慮する必要があるのです。

更には、みなし労働時間を1日あたり10時間で取り決めするとすれば、同様に1箇月の平均稼働日数が20日であれば時間外労働は月40時間、年間480時間となり特別条項が必要な段階に達します。

みなし労働時間と実労働時間は別物ですが、労働基準監督署からの指導を受けたり、労働組合との協議をまとめるためには、実労働時間を考慮して協定を結ぶ傾向にあります。

裁量労働制は労働時間と成果が比例しない専門業務に適用される制度で、「業務遂行の手段や時間配分を大幅に労働者の裁量に委ねる」という特徴を考慮すると、現状の36協定の原則的な適用についても見直しが必要だと感じています。

 

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151.裁量労働制の見直し議論の是非

先日の高市総理による施政方針演説では、「裁量労働制の見直し」について言及されました。一方で、連合の会長は「長時間労働を招きかねない」として反対の立場を強調しています。

しかし、筆者はこの双方の意見の対立はかみ合っていないと感じています。

高市総理による昨年の国会答弁での「収入を増やしたいのに規制があるため残業できない人がいる」という趣旨の発言は、働く意欲がある人の選択肢を広げるための「働きたい改革」だとされています。

この「働きたい改革」は、36協定で特別条項を設けても、残業時間を月100時間未満、年720時間までとする制限を緩和することに他なりません。つまりは、連合会長が懸念するように、長時間労働を助長することになりかねませんが、裁量労働制が直接影響しているわけではありません。

裁量労働制はデザイナーやシステムコンサルタントなどの20の専門職や、本社での企画、調査、分析業務に従事する労働者に適用され、実際に働いた時間にかかわらず、予め取り決めした時間働いたとみなす制度です。これらの職種に従事する労働者には、業務の性質上、業務遂行の手段や時間配分について使用者が具体的な指示をすることがそぐわない業務であることが前提となりますが、裁量労働制が直ちに長時間労働につながるわけではありません。

ただし、成果を求められる専門職であることから、その過程において労働時間が長くなることはありますが、押し付けられた長時間労働ではなく、専門職としての自覚とやりがいをもって働いた時間であるべきです。逆に言えば、やりがいがなく押し付けられて長時間労働が起きているのであれば、それは裁量労働制が適用される業務ではないということになります。

今回の裁量労働制の見直しの内容は、裁量労働制の適用業務の拡大にあるとみられています。現在認められている業務に限らず、今後追加される業務においても、本来の趣旨に合致した業務に従事する限りにおいては、裁量労働制は日本の技術力や経済力を高めるために有効な制度だと思います。

しかし、現実的には裁量権がないにもかかわらず裁量労働制が適用されている労働者も存在し、連合会長が言うように「定額働かせ放題」となることが問題なのです。高市総理と連合会長との意見の相違は、理想と現実のギャップによって起きているのでしょう。

 

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150.人事制度の構築(39) 確定拠出年金制度の組み立て

前回、退職一時金制度の組み立てについて説明しましたので、今回はもう一つの制度である確定拠出年金制度の組み立て方について考えます。

前回同様、退職金の総額を1500万円と想定し、退職一時金と確定拠出年金の構成比率を50対50とすれば、確定拠出年金で確保する金額は750万円となります。ただし、確定拠出年金は、受取額は確定せず、掛金(拠出額)のみが確定している制度ですので、受取額は従業員の運用成果次第で変動します。よって、制度設計上は、掛金を決定する基準と運用の目安である想定利回りを定め、その掛金を毎年想定利回り通りに運用できれば定年時に750万円に到達するように設計します。

先ず掛金を決定する基準については、退職一時金の場合は、勤続年数と社内等級に応じて金額を積み上げるシンプルな仕組みとしましたが、確定拠出年金の掛金は、社内等級とその等級内での人事評価結果に応じて金額が決定する仕組みとしましょう。

等級が上位になるほど、また、人事評価結果が上位のランクほど掛金の金額を大きくします。各等級と人事評価結果のランクごとの掛金一覧表を作成するのです。

次に、運用の目安となる想定利回りについてですが、最近では2%前後(1.5%~2.5%)とする例が多いようです。あまり高めに(例えば3%とか)設定すると、750万円に到達するために従業員が相応のリスクを取らざるを得なくなり、元本割れが起きることも考えられれます。逆に想定利回りを低く(例えば1%とか)設定すると、企業側の掛金負担が増えます

確定拠出年金も退職一時金同様に、管理職手前まで昇格する前提で、しかも標準的な人事評価結果(5段階評価の中位)を取り続けるモデルケースを設定し、掛金を想定利回り通り(例えば2%)で運用すれば定年時に750万円に達するように設計するのです。この辺りの設計にはコンサルの手が必要になるかもしれません。

制度設計が完了すれば、運営管理機関となる銀行や保険会社と契約し、運用商品を選定し、厚生労働省に提出する規約を作成し認可を得る必要がありますが、これは運営管理機関がサポートしてくれます。

重要なのは、従業員に対する投資教育を確実に行うことです。特に、資産運用の経験が浅い従業員が多い場合には、リスクコントロールの方法を重点的に、制度導入時だけでなく、定期的に継続教育を行うことが必要です。

 

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149.人事制度の構築(38) 退職一時金制度の組み立て

前回、退職一時金と確定拠出年金を組み合わせる際のポイントについて説明しました。今回は、退職一時金制度の具体的な組み立て方について説明します。

近年の調査では、退職金の額が20年前に比べて500万円以上減額しているようです。また、大企業と中小企業では退職金の金額に大きな差があるのも事実です。例えば大卒勤続35年で定年を迎えた場合、大企業では2200万円程度に対し、中小企業では1200万円程度といった統計もあります。

ここでは、仮に大卒勤続35年で退職金金額1500万円と想定した場合の退職一時金制度について考えます。

まず、退職金制度全体の構成は退職一時金と確定拠出年金の二階建てであり、その比率は50対50とすれば、退職一時金のみでは750万円という額になります。

一人一人の金額を算出する方法の一つとして、「退職時の基本給×支給乗率」というものがありますが、役職定年制を導入している場合は、定年時の基本給は役職定年前の額よりも減額していて、退職金にも影響しますので避けた方が良いでしょう。役職定年直前での退職者が増えるかもしれません。

また、自己都合退職の場合、支給率を6割~8割程度に引き下げるパターンもありますが、定年まで勤続することを企業が推奨しているようにも受け取られるため、雇用の流動化を目指すにはこれも避けたいところです。

結論としては、退職一時金制度はできるだけシンプルにし、従業員が自分で積みあがった金額が計算できる仕組みが良いでしょう。定年まで波風立てずに勤め上げることが得策だと言わんばかりの、定年間際にカーブが急騰するような制度は今の時代にはマッチしません。目標金額に達したら、起業したりリスキリングで新たな分野に挑戦することを後押しできる制度としたいものです。

具体的には、勤続年数と社内等級に応じて毎年金額を積み上げていく方式です。下のグラフは、この二つの要素に対応する金額を仮設定して積み上げたものです。


勤続による額は、一定の年数以上勤務すれば金額が若干増えるようにしています。等級による額は過去に示した複線型人事制度において、管理職手前まで昇格したと仮定して各等級ごとの金額を設定しています。

退職一時金は右肩上がりの単純なカーブで、安心感と納得感を与えるものが良いと考えます。

 

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148.人事制度の構築(37) 退職一時金と確定拠出年金の組み合わせ

前回、退職金制度の構成は、退職一時金と確定拠出型の退職年金「確定拠出年金(DC)」を組み合わせることを提案しました。今回は、二つの制度の組み合わせのポイントについて解説します。

先ず、退職年金部分を確定拠出年金とする理由は、退職年金が確定給付型「(確定給付年金(DB)」だと、運用環境悪化に伴う追加拠出のリスクを将来にわたって負い続けなければならないという企業側の事情があるからです。逆に従業員側から見ても、確定拠出年金の運用成果責任は負うことになるものの、中途退職が珍しくない現在においては、再就職先に持ち運び(ポータビリティ)ができる確定拠出年金は、特に若い世代から支持されています。

一方で、一定部分は退職一時金を残すことで、事前に確定した金額が一時金で支給される安心感を与えることができます。確定拠出年金は原則として60歳までは受け取りできませんが、退職一時金であれば退職時に受け取ることができるため、ローンの返済や脱サラしての開業資金に利用することもできます。

また、退職一時金には退職所得控除が適用され、例えば勤続30年であれば1500万円の退職所得控除が受けられるため、手取り額を増やすには有効な制度です。

次に、退職一時金と確定拠出年金の金額割合ですが、確定拠出年金は個人ごとの運用成果で受取額が変動しますのであくまでも一定の想定利回りを考慮した額での比較では、50対50をベースに退職一時金重視であれば70対30、確定拠出年金重視であれば30対70の範囲で、各企業の実情に合わせて決定することになるでしょう。

一般的には、従来退職一時金のみだった企業が確定拠出年金を導入する場合や、確定給付年金からの制度変更などに場合は退職一時金重視となるでしょう。また、新興企業などで初めて退職金制度を導入する場合などは、確定拠出年金重視でも良いでしょう。

どちらの場合も、そもそも退職金の総額をどの程度と考えるのかによっても組み立ては変わってきます。退職金を公的年金を補完する老後の生活支援と考えるのなら、相応の金額を確保する必要がありますが、賃金の後払いと考えれば、現役時代の賃金構成によって退職金の額は違ってきます。

前々回(145.人事制度の構築(35) 退職金も賃金の重要な一部です - 人事労務の「作法」)にも述べましたが、退職金も賃金の重要な一部ですので、月例給与や賞与だけでなく、各企業の考えをしっかりと反映した制度としましょう。

 

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