人事労務の「作法」

企業の人事労務課題を的確に解決します

114.コメ不足にも似た人手不足解消のカギ

コメ不足による価格の高騰が続いています。

報道では、コメ特有の流通経路の複雑さに問題があり、更には一部の卸業者が出荷を手控えていることも価格高騰の原因であるとされていますが、基本的に商品の価格は需要と供給のバランスの上で成り立っています。現在はそのバランスが崩れている状態と言えます。

政府はこの異常事態を解消するために、備蓄米を随意契約で放出することで、需給バランスの是正を図っているのは周知のとおりです。

実は、人事の世界でも似たようなことが起きています。

昨今の人手不足によって、初任給を引き上げないと新卒社員が確保できない現象が起きています。もっとも、インフレを上回る賃金の上昇は必要ですが、特に新卒社員の初任給アップは、それとは違い、まさに需給バランスが崩れた状態でしょう。新卒社員に比べ、既存社員の賃金はそれほど上がっていないのは、そういうことです。

しかしながら、人口減少が加速している日本においては、更に労働力人口が減少することは明らかで、その都度初任給を引き上げて新卒社員の奪い合いをしても何の解決にもなりません。そのうちに、体力が尽きた企業が市場から退場するという構図は現実的ではありません。

労働力が減るのであれば、減った労働力で企業が運営できるようなシステムに変革することが必要です。AIの発達により、人の手を介さずとも完結する業務を増やすことがその代表的な方策です。そうすることで、労働力市場における需給バランスの適正化につながります。

とはいえ、足元では人手不足が顕在化しているのは事実であり、これを解消するために政府は「備蓄米の放出」にも似た策をいくつも講じています。

前回の記事に書いた、年金法の改正(113.在職老齢年金制度改正で「あんこが詰まったあんパン」に - 人事労務の「作法」)や、リスキリングを目指した雇用保険法改正(094.雇用保険法の改正はリスキリングのチャンス - 人事労務の「作法」)、更には、現在努力義務とされている60歳代後半の雇用義務化への流れなどで、労働市場に労働力を供給しようとしています。

労働力の需給バランスが安定するまでは、筆者を含めた「ヴィンテージ労働者」の出番なのでしょう。既に再雇用など第一線を離れた人が多いでしょうが、働いてみると意外に遜色ないかもしれません。

 

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113.在職老齢年金制度改正で「あんこが詰まったあんパン」に

2025年の年金法改正案が与野党3党合意で国会に提出されました。

いくつかの改正内容のうち、筆者が注目しているのは在職老齢年金の支給停止基準の引き上げです。

在職老齢年金制度とは、60歳以上で働く高齢者の給与と年金の合計額が一定額(2025年度は51万円)を超えた場合に、超えた額の半分の額の年金が支給停止となる仕組みのことです。例えば、月額40万円の給与で働く人の年金月額が15万円であった場合、合計の55万円は51万円を4万円超えることから、半分の2万円の年金が支給停止となり、年金月額は13万円になるというものです。

この支給停止基準が、今回の改正では給与と年金の合計が62万円まで大きく引き上げられます。上の例では、年金は支給停止されることなく全額受給できることになります。

従来の基準では、「働き損」を感じて労働時間を減らすなどの調整を行っていた人も、年金が支給停止され難くなることで、高齢者の就労意欲が向上します。このことは人手不足の解消に貢献することにもなります。また、高齢者の手取り収入が増えることで生活水準が向上し、更に長く働くことで年金財政を支える期間も延びます。

一方で、年金支給額が増えることで、将来の年金財政への影響は起きるでしょう。生産年齢人口が減少することが避けられないと、将来的には現役世代の保険料が増加したり、給付水準が引き下げられたりといったしわ寄せは起きる可能性はあります。世代間の不公平感が拡大するでしょう。

少しでも財源を確保する対策として、被保険者範囲の拡大や、標準報酬月額の上限引き上げも改正案に盛り込まれていますが、大きな効果は見込めません。

また、今回は付則にとどまりましたが、基礎年金の底上げと厚生年金の積立金のその財源への充当(所謂「あんこのないあんパン」問題)も将来争点になってくるでしょう。

結局は、財源の問題が解決しない限りは、決して「100年安心」とは言えないですが、今後ますます高齢化が進む中で、高齢者が意欲的に働くことができる環境を労働行政と一体となって整えることで、健康寿命が延び、医療や介護の予算を減らすことができれば、「あんこが詰まったあんパン」を食べることができるかもしれません。

 

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112.人事制度の構築(32)賞与はメリハリある支給を

しばらくこのテーマから遠ざかっていましたが、前回(101.人事制度の構築(31)賞与の有効活用 - 人事労務の「作法」)は社員のモチベーションを喚起する目的で、賞与を有効活用することを記載しました。

しかしながら、昨今の初任給はじめ月例給与のベースアップに伴い、総額人件費に占める賞与の割合が低下しつつあります。月例給与をアップしてもなお、賞与も今まで通り支給されるほど好業績ならまだしも、一般的には会社業績に応じて総額人件費を賞与で調整するのが通例です。給与規程にも、「会社業績と社員の勤務成績に応じて賞与を支給する場合がある」といったような記載があるでしょう。

ある大手電機メーカーでは、冬の賞与を廃止し給与化するといった報道もあり、他社でも給与と賞与の比率を見直す動きがあります。その狙いは、年収では変わりはなくとも、月例給与を増やすことで採用における競争力を高めることにあります。さらには年俸制の導入や成果主義を強化するため、一律支給の色合いが濃い賞与を減らしたいという思惑もあるのでしょう。

このように肩身が狭くなりつつある賞与だからこそ、限られた原資を社員のモチベーション向上に有効に活用しましょうというのが筆者の考えです。とはいえ、ハーズバーグの「動機づけ・衛生理論」で示す通り、賞与を含む賃金は「衛生要因」であるため、単純にその額だけを追いかけてもモチベーションにつながりません。(108の記事参照108.賃上げ以上に「動機づけ要因」を喚起する取り組みが重要 - 人事労務の「作法」

賞与の支給総額は、その事業年度における会社業績に連動し、更にはその会社業績を支えた社員の勤務成績の上に成り立っています。このことを考慮すると、会社業績に合わせて賞与の支給総額を算出し、その賞与原資を社員の人事評価に応じて分配する仕組みが良いと考えます。具体的には賞与支給をポイント制とし、職能等級ごと、評価ランクごとに賞与ポイントを設定し、各社員の賞与ポイントに応じて賞与原資を分配する仕組みとします。詳しくは改めて解説します。

人件費に占める賞与のウエイトが減少しつつある今、基本給×〇ヶ月分といった従来の一律支給の方式から脱却し、メリハリある支給でモチベーション向上を図りましょう。

 

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111.退職代行サービス利用にはデメリットもあります

ゴールデンウィークが終わり、職場に日常の光景が戻った反面、連休明けから出社できずに退職する社員が出てくるのもこの時期です。特に職場への不満が大きい場合には、退職代行サービスを利用して退職する人が増えているのが最近の特徴です。

人事担当者向けのあるアンケート調査では、退職代行サービスを利用して退職することについて、迷惑だという回答が多かったようです。

退職には退職の意思表示を受けた後、諸々の手続きがあります。それらの手続きまで代行してもらえるならまだしも、退職願の提出だけ代行してもらい、本人との連絡は取れないというのでは、人事担当者としては大変困るでしょう。

例えば会社から貸与しているパソコンやスマホを返却してもらう際に、付属品の電源ケーブルが返却されていなかったり、スマホにロックが掛かったままの状態であったりとかは、対面で退職の手続きを説明する場面でもよくあることです。これらを解消するところまで人事担当者の仕事ですが、それができないというのは確かに迷惑な話です。

逆に退職する社員にとっても不利益なことがあります。

例えば、対面での説明であれば退職後の失業保険や年金、健康保険について、その人の状況に合わせて色々なアドバイスができますが、その機会を得ることができません。また、退職一時金制度がある会社では、「退職所得の受給に関する申告書」の提出を会社から案内しますが、社員からは提出されないかもしれません。社員はこの書類を提出することで、勤続年数に応じた退職所得控除が受けられ税負担が軽減されますが、提出がないと20%余りの所得税源泉徴収され、税負担が非常に大きくなります。

恐らく、退職する社員はこのようなデメリットがあることを理解しないまま退職代行サービスを利用しているのではないでしょうか。人事担当者はそのあたりの仕組みを理解しているからこそ、非常に迷惑なことと感じるのでしょう。

職場でパワハラが横行しているとか、契約内容が実態に合っていないというのであれば、退職代行サービスを利用する前に相談する先は他にあります。

それよりも、会社と社員が良好なコミュニケーションを図ることができる関係性を構築することの方が重要であることは言うまでもありません。

 

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110.ドラマで垣間見る人事部の業務

企業の人事部を舞台にしたTVドラマが放映されています。

ストーリーの展開はさておき、日頃人事部に起きうる事象を取り上げた内容であり、人事の業務を理解した人が制作に係わっていることがわかります。ただし、ドラマでは主人公の仕事ぶりにフォーカスされますが、実際には人事部の業務は幅広く、ドラマでは取り上げられないような業務が多々あります。

人事部の業務を機能別に分類する場合、企業規模にもよりますが、一般的には人事部内で「人事」と「労務」に分けて「課」や「グループ」を設けることが多いでしょう。

人事課あるいは人事グループの業務としては、次のようなものがあります。

1.人材採用(採用計画立案、会社説明会、採用選考)

2.教育研修(研修プログラム立案、階層別研修実施)

3.人事異動(配置、異動、昇格、昇進等異動案立案、人材登用)

4.人事制度(人事制度構築、人事評価実施)

一方、労務課あるいは労務グループの業務としては、次のようなものです。

5.給与厚生(給与、賞与、退職金、社会保険、福利厚生施策等)

6.労務管理(勤怠、労働条件、就業規則管理施策等)

7.安全衛生管理(労働環境改善、健康管理施策等)

人事の業務が一人一人の社員個別に対応することが多い業務であるのに対し、労務の業務は個人ごとに対応を変えるのではなく、社員全体あるいは職能や等級ごとの一定の範囲に対し均等に対応する業務が多いことが特徴です。

その意味では、人事労務に従事する人には、人を見る目も大事ですが、真実を見抜き公正に対処する力も要求されます。

昭和から平成、令和にかけて、働き方が大きく変化する中、人事部の役割も変化しています。昭和の時代は24時間働ける企業戦士の育成に企業も労働者も違和感なく邁進していたものを、平成になって働きすぎによる過労死問題が顕在化し、それに対応できない企業はブラック企業のレッテルを貼られています。令和の今、AIの進化に人事部がついていけるかが今後の課題です。

とは言え、どんなにAIが進化しても、人が中心の働き方をドラマで演じてくれると筆者としてはホッとします。

筆者も長年の人事労務の経験を元に、ドラマの脚本のようなものを書いてみようかなと思ったりもします。タイトルは『「こちら人事部」24時』。昭和の匂いがプンプンしますかね。

 

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109.有給休暇取得はチームワークを重視して

ゴールデンウィーク期間中、各行楽地は観光客で賑わっているようです。

今年は暦の並びの関係で、前半の連休と後半の連休の間の4日間休暇を取得すれば、最大で11連休となります。小売業やサービス業に従事する人は、この時期には休暇は取得しづらいでしょうが、土日が休日の企業でも、一斉休日でない限り、多くの社員が休暇を取得することで通常業務に支障が出る場合もあります。

労働基準法第39条では、有給休暇を「労働者の請求する時季に与えなければならない」とされ、また、2019年4月以降法改正により年間5日以上の有給休暇取得が義務付けられたことも関連し、連休の谷間に休暇を希望する労働者が増えたでしょう。

一方、使用者側には同じく労働基準法第39条で、「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季に与えることができる」とした「時季変更権」が認められています。

しかし、時季変更権の行使はどのような場合にでも認められるとは限らず、注意が必要です。単に業務が多忙な日だからとか、飛び込み業務が入る可能性があるからといった漠然とした理由では時季変更権は行使できないでしょう。

連休の谷間に休暇取得希望者が殺到し、部署全体が空っぽになってしまうとか、代替要員が確保できないとか相応の理由が必要です。

かといって、労働者が予定していた休暇予定日の直前になって時季変更権を行使されても労働者の予定変更が難しい場合もありますので、使用者は予め労働者に対し有給休暇の希望日を聴取し、聴取した希望を尊重して時季指定をするという本来の流れを確立しておく必要があります。

また、労働者側も、自身が有給休暇を取得することでしわ寄せが起きるであろう他の労働者に対して、事前に業務の申し送りを行うなどの配慮が必要です。

ジョブ型雇用や成果主義の浸透により、自身の業務と他人の業務の境界線が明確になり、他人の業務に無関心になりつつありますが、休暇を通して日本企業のチームワークの良さを実感する瞬間です。そして休暇明けには周囲にお土産を配る光景も、日本企業の風習として大事にしたいものです。

 

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108.賃上げ以上に「動機づけ要因」を喚起する取り組みが重要

初任給を引き上げる動きが加速しています。

初任給に限らず、社員にとっては給与は高いに越したことはありませんが、給与を上げても退職者が減らないとか、エンゲージメントが高まらないと悩んでいる経営者の方はいないでしょうか。特に中小企業の場合、大企業に比べて資金力、収益力に劣る中で、人材確保のために思い切って初任給を引き上げても、採用した人材が定着しなければ、そのダメージは大きいでしょう。

そもそも給与を上げればモチベーションが高まり、社員が意欲的に働くようになると考えているのなら、それは間違いです。

アメリカの心理学者、フレデリック・ハーズバーグが唱えた「動機づけ・衛生理論」では、仕事に関する特定の要因が満たされると満足度が上がり、不足すると満足度が下がるのというのではなく、満足をもたらす要因(動機づけ要因)と不満をもたらす要因(衛生要因)は別のものであるというものです。

動機づけ要因は、満たされないからと言ってすぐに不満が出るものではなく、逆に満たされるとモチベーションが高まるものを指します。具体的には、仕事の達成感や承認されること、あるいはやりがいのある仕事そのものが動機づけ要因です。

一方、衛生要因は、満たされないと不満が出るが、満たされたからと言って満足にはつながらないものを指します。単に不満を予防するだけの要因です。具体的には、空調や照明などの職務環境、上司との人間関係、福利厚生などです。そして給与も衛生要因に該当します。

つまり、給与が低いと不満が出るが、給与を上げたからと言って不満は解消できてもモチベーションの向上にはつながらないということです。賃上げを行うならば、このことを理解たうえでないと、期待した効果が得られなくなります。

競合他社との競争力を担保するためには、可能な範囲での賃上げは必要ですが、賃上げ以上に必要なのは動機づけ要因を喚起する取り組みです。少し背伸びした目標を与え、それを達成することができれば、上司が自分のことのように喜び承認し、新たに更にやりがいのある仕事を与えるというサイクルです。

目標達成の報酬は、金銭的な報酬だけでなく、新たなやりがいのある仕事の方が重要なのです。

 

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