人事労務の「作法」

企業の人事労務課題を使用者側の立場で解決します

110.ドラマで垣間見る人事部の業務

企業の人事部を舞台にしたTVドラマが放映されています。

ストーリーの展開はさておき、日頃人事部に起きうる事象を取り上げた内容であり、人事の業務を理解した人が制作に係わっていることがわかります。ただし、ドラマでは主人公の仕事ぶりにフォーカスされますが、実際には人事部の業務は幅広く、ドラマでは取り上げられないような業務が多々あります。

人事部の業務を機能別に分類する場合、企業規模にもよりますが、一般的には人事部内で「人事」と「労務」に分けて「課」や「グループ」を設けることが多いでしょう。

人事課あるいは人事グループの業務としては、次のようなものがあります。

1.人材採用(採用計画立案、会社説明会、採用選考)

2.教育研修(研修プログラム立案、階層別研修実施)

3.人事異動(配置、異動、昇格、昇進等異動案立案、人材登用)

4.人事制度(人事制度構築、人事評価実施)

一方、労務課あるいは労務グループの業務としては、次のようなものです。

5.給与厚生(給与、賞与、退職金、社会保険、福利厚生施策等)

6.労務管理(勤怠、労働条件、就業規則管理施策等)

7.安全衛生管理(労働環境改善、健康管理施策等)

人事の業務が一人一人の社員個別に対応することが多い業務であるのに対し、労務の業務は個人ごとに対応を変えるのではなく、社員全体あるいは職能や等級ごとの一定の範囲に対し均等に対応する業務が多いことが特徴です。

その意味では、人事労務に従事する人には、人を見る目も大事ですが、真実を見抜き公正に対処する力も要求されます。

昭和から平成、令和にかけて、働き方が大きく変化する中、人事部の役割も変化しています。昭和の時代は24時間働ける企業戦士の育成に企業も労働者も違和感なく邁進していたものを、平成になって働きすぎによる過労死問題が顕在化し、それに対応できない企業はブラック企業のレッテルを貼られています。令和の今、AIの進化に人事部がついていけるかが今後の課題です。

とは言え、どんなにAIが進化しても、人が中心の働き方をドラマで演じてくれると筆者としてはホッとします。

筆者も長年の人事労務の経験を元に、ドラマの脚本のようなものを書いてみようかなと思ったりもします。タイトルは『「こちら人事部」24時』。昭和の匂いがプンプンしますかね。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

109.有給休暇取得はチームワークを重視して

ゴールデンウィーク期間中、各行楽地は観光客で賑わっているようです。

今年は暦の並びの関係で、前半の連休と後半の連休の間の4日間休暇を取得すれば、最大で11連休となります。小売業やサービス業に従事する人は、この時期には休暇は取得しづらいでしょうが、土日が休日の企業でも、一斉休日でない限り、多くの社員が休暇を取得することで通常業務に支障が出る場合もあります。

労働基準法第39条では、有給休暇を「労働者の請求する時季に与えなければならない」とされ、また、2019年4月以降法改正により年間5日以上の有給休暇取得が義務付けられたことも関連し、連休の谷間に休暇を希望する労働者が増えたでしょう。

一方、使用者側には同じく労働基準法第39条で、「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季に与えることができる」とした「時季変更権」が認められています。

しかし、時季変更権の行使はどのような場合にでも認められるとは限らず、注意が必要です。単に業務が多忙な日だからとか、飛び込み業務が入る可能性があるからといった漠然とした理由では時季変更権は行使できないでしょう。

連休の谷間に休暇取得希望者が殺到し、部署全体が空っぽになってしまうとか、代替要員が確保できないとか相応の理由が必要です。

かといって、労働者が予定していた休暇予定日の直前になって時季変更権を行使されても労働者の予定変更が難しい場合もありますので、使用者は予め労働者に対し有給休暇の希望日を聴取し、聴取した希望を尊重して時季指定をするという本来の流れを確立しておく必要があります。

また、労働者側も、自身が有給休暇を取得することでしわ寄せが起きるであろう他の労働者に対して、事前に業務の申し送りを行うなどの配慮が必要です。

ジョブ型雇用や成果主義の浸透により、自身の業務と他人の業務の境界線が明確になり、他人の業務に無関心になりつつありますが、休暇を通して日本企業のチームワークの良さを実感する瞬間です。そして休暇明けには周囲にお土産を配る光景も、日本企業の風習として大事にしたいものです。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

108.賃上げ以上に「動機づけ要因」を喚起する取り組みが重要

初任給を引き上げる動きが加速しています。

初任給に限らず、社員にとっては給与は高いに越したことはありませんが、給与を上げても退職者が減らないとか、エンゲージメントが高まらないと悩んでいる経営者の方はいないでしょうか。特に中小企業の場合、大企業に比べて資金力、収益力に劣る中で、人材確保のために思い切って初任給を引き上げても、採用した人材が定着しなければ、そのダメージは大きいでしょう。

そもそも給与を上げればモチベーションが高まり、社員が意欲的に働くようになると考えているのなら、それは間違いです。

アメリカの心理学者、フレデリック・ハーズバーグが唱えた「動機づけ・衛生理論」では、仕事に関する特定の要因が満たされると満足度が上がり、不足すると満足度が下がるのというのではなく、満足をもたらす要因(動機づけ要因)と不満をもたらす要因(衛生要因)は別のものであるというものです。

動機づけ要因は、満たされないからと言ってすぐに不満が出るものではなく、逆に満たされるとモチベーションが高まるものを指します。具体的には、仕事の達成感や承認されること、あるいはやりがいのある仕事そのものが動機づけ要因です。

一方、衛生要因は、満たされないと不満が出るが、満たされたからと言って満足にはつながらないものを指します。単に不満を予防するだけの要因です。具体的には、空調や照明などの職務環境、上司との人間関係、福利厚生などです。そして給与も衛生要因に該当します。

つまり、給与が低いと不満が出るが、給与を上げたからと言って不満は解消できてもモチベーションの向上にはつながらないということです。賃上げを行うならば、このことを理解たうえでないと、期待した効果が得られなくなります。

競合他社との競争力を担保するためには、可能な範囲での賃上げは必要ですが、賃上げ以上に必要なのは動機づけ要因を喚起する取り組みです。少し背伸びした目標を与え、それを達成することができれば、上司が自分のことのように喜び承認し、新たに更にやりがいのある仕事を与えるというサイクルです。

目標達成の報酬は、金銭的な報酬だけでなく、新たなやりがいのある仕事の方が重要なのです。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

107.新入社員定着のカギはチューターとメンターにあり

世間では新入社員研修が終了し、新人が各部署に配属されて一段落といったところではないでしょうか。

この時期の人事の心配事としては、新人が配属先に定着して順調に成長してくれるかということです。さすがに一通りの研修を受講し、その会社で頑張っていこうと考えている人達だと信じていますので、早く配属先の部署の業務に慣れて、戦力となってもらいたいと考えています。

新人が業務に慣れるうえでの一番の壁は、わからないことをどのように解決するかということです。新人には、わからないことがあれば周りの人に何でも聞くように言っておいても、周りの人が忙しそうにしていると、なかなか声をかけづらいものです。そこで、新人の定着や育成をサポートする目的で、チューター(あるいはメンター)と呼ばれる先輩社員を指名しておくのが良いでしょう。

チューターは、OJTで具体的な業務やルールを教える専属の教育係のことを言います。組織規模や組織の体制にもよりますが、同じ部署で新人の担当する業務を理解した3~5年先輩の社員が適任でしょう。今は何もわからない新人も、3~5年後にはチューターのような知識経験を身に付けた社員に成長するのだという一つの目標になります。

若手社員が転職するかどうかの判断基準は、自身が成長できる組織かどうかにありますので、実際に身近で指導してくれる先輩社員の姿は、新人の定着率を大きく左右します。

一方、メンターとは具体的な業務を教えるチューターと違い、職場やプライベートな悩みの相談に乗るのが主な役割です。メンターは同じ部署である必要はなく、また、1対1の関係でなくても構いません。チューターよりも経験豊富な中堅社員クラスが良いでしょう。メンターは自身の経験を押し付けるのではなく、傾聴力と共感力が求められます。

チューターにしろメンターにしろ、その存在として共通するのは、会社は新人に対して自社の戦力として定着し、成長して欲しいと願っているというメッセージを与えることにあります。ただし、甘やかされていると受け取られないよう、「自立」と「自律」を促す指導を、チューターやメンターに期待しています。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

106.資産運用は長期投資と分散投資が原則です

人事労務の話ではないと思われるかも知れませんが、確定拠出年金の話ですので、これもこのブログで取り扱う範疇です。

確定拠出年金とは、企業年金の一種で、事業主が拠出する掛金を加入者である従業員が自己の指示で運用した結果を老後の年金資産として受け取る制度です。

新入社員など新たに確定拠出年金制度に加入する者に対し、投資教育を行うことが義務付けられており、今年も実施したところです。ちょうどトランプ関税の影響で株価が乱高下した時期であり、説明には苦慮しましたが、資産運用の基本は「長期投資」と「分散投資」である事は間違いないでしょう。

下のグラフは過去20年間の日経平均株価の騰落率を年ごとに示したものです。

2013年のアベノミクスによる50%を超える上昇の反面、2008年のリーマンショックでは40%以上下落しています。このように単年度でみれば、株式への投資はリターンのブレ幅が大きくリスクが大きい商品と言えます。

ところが、同じ20年で、直近10年間の平均騰落率をグラフ化すると下のようになります。

あれほど荒っぽくブレていたリターンが、プラスマイナス10%以内に収まります。直近20年で平均すれば、恐らくさらに落ち着き、すべての年でプラスに転じるものと思われます。

このように、長期投資はリスクを低減させる効果があることは実証済みで、若い社員であれ40年近く運用することになりますので、確定拠出年金の運用においては意識せずとも自動的に組み込まれます。

一方、分散投資については、各自が意識的に取り組む必要があります。

投資の世界には「一つのカゴにすべての卵を盛るな」という格言があります。カゴをひっくり返してしまえばすべての卵が割れてしまいますが、カゴを分けておけば残ったカゴの卵は救われることから、分散投資の重要性を例えたものです。

問題はどのような資産に分散するかであって、今回のトランプ関税による世界的な株安に円高ドル安が重なると、国内株式、海外株式とも短期的に値を下げます。やはり、基本的な4資産(国内債券、国内株式、海外債券、海外株式)にバランスよく分散し、あとは各自のリスク許容度に応じて各資産のウエイトを調整することでしょう。

資産運用に王道はありません。リスクをいかにコントロールするかがポイントです。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

105.入社式での社長の訓示から企業が見える

新年度が始まりました。

4月1日にはどこの企業でも入社式が行われ、ニュースでも入社式の様子が紹介されるのは毎年の光景です。

入社式といえば、社長が新入社員に訓示を行うのが通例です。内容は各社様々ですが、目的はその企業の一員となることの自覚を持たせ、企業の顧客や社会に対する存在意義を認識させることにありますので、社長自身の言葉で分かりやすく簡潔に、そして何よりも誠意をもって語り掛けましょう。

社長が若かったころにモーレツに働いた話は、今の若者には通用しません。また、インセンティブを強調するあまり、顧客の利益を度外視したような話も不適切です。顧客や社会の要請に応じて企業が進化し、その要請に応えることで信頼を得て企業が発展するのだという、企業の存在意義を説くことが社長の役割です。そして企業の発展に併せて社員も、人間的にも経済的にも豊かになるのだというところまで語りましょう。

そのような中、今年もすでに退職したり、退職を検討している人がいるようです。入社初日に退職代行サービスを利用して退職した人が昨年に比べ急激に増えたというニュースもありました。

理由は様々でしょうが、入社式の最中に社長が新入社員ともめて、皆の前で怒鳴ったというケースもあったようです。新入社員の態度が悪かったのかもしれませんが、社長の浅はかな行動は、企業の存在意義を自ら全面的に否定するようなものです。この新入社員に対してだけではなく、他の社員や顧客からの信頼も損ねます。

また、配属された部署での仕事が聞いていた内容と違っていたり、上司によるパワハラが横行していたりといった理由で退職する人もいます。

これらも元をたどれば、社長の企業経営に関する姿勢を反映したものだと思います。社長がいくら企業の存在意義を説いていても、それが上辺だけの姿で、本音は顧客を顧みず利益を追求することにあれば、社員はそれを見透かしています。それがモラルやコンプライアンスに反した行動となって表れるのです。

企業は社長の言動次第でどの方向にでも進んでしまいます。入社式での社長の訓示からその企業が見える気がします。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

104.地域格差はあっていいのかも

ある調査では、退職を考えるきっかけとなる出来事の最上位は「望まない勤務地への転勤」だったそうです。

望まない職種や部署、望まない上司の元への異動や、役職の降格以上に転勤が退職のきっかけとなるというのは興味深い結果です。もっとも、転勤には職種や部署の異動や上司の変更、更には降格を含む場合もありますので、すべての事情を包括しているのかもしれません。

一昔前までは、全国展開している企業では転勤が当たり前のようにありました。転勤はジョブローテーションの一環として必要な人事異動と捉えられていました。背景には、本社と地方事業所との格差を埋める目的もあります。

潮目が大きく変わったのはコロナ禍以降でしょう。リモートワークの普及で、その場所にいなくても普通に仕事ができる環境が整いました。また、2024年4月の労働基準法施行規則改正により、労働契約締結時には就業の場所とその変更の範囲を明示することが義務付けられ、転勤を希望しない社員が増える中、就業の場所の変更範囲について「全国の事業所」とは明示し難い状況です。

しかしそれでも、全国に拠点を持つ企業では、各事業所に最低限の人員を配置する必要があります。そのためには、転勤によって充足しなければならない場合もあります。

そこで、企業が行うべき対応策として、まず第一に就業規則で転勤命令を出す場合があることと、その命令に従わなければならないことを規定しておく必要があります。ただし、労働者の不利益が著しいなど、人事権の濫用として転勤命令が無効となる場合もありますので転勤の必要性判断や人選には注意が必要です。

次に、勤務地限定社員制度の活用です。その地域に生まれ育った人を積極的に採用することで、その地域の活性化にもつながります。また、転勤を希望しない社員がいる一方で、所縁がある地域などに転勤を希望する社員もいるでしょうから、このような人もタイミングが合えば活用できます。

かつては、転勤には本社と地方事業所との様々な格差を埋めるための人材交流の目的もありましたが、今やどこにいても情報格差は生じず、ある程度はその地域特有の格差が残っていた方が、その地域に根差した戦略を展開するうえで良いのかもしれません。

今後転勤はますます減ってくるのでしょう。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

スポンサーリンク