人事労務の「作法」

企業の人事労務課題を使用者側の立場で解決します

120.定年退職日は明確に定められていますか

定年退職とは、従業員が一定の年齢に達したことを理由に退職する制度で、現在は60歳以上とすることが義務付けられています。定年制度を設けるかどうかは企業の任意ですが、統計では95%以上の企業が定年制を設けており、そのうち70%以上は定年年齢が依然として60歳となっています。

ところで、60歳定年といっても、具体的な定年退職日は何パターンかあります。

先ずは60歳誕生日当日です。節目としては一番わかりやすい日ですが、従業員数が多いと、頻繁に定年退職者が出て、人事の手続等が煩雑になります。

他には、60歳誕生日の属する月の末日です。同じ月に何人か該当者がいればまとめて手続きができ、人事の業務が簡素化されます。あるいは、60歳誕生日以降の最初の賃金締切日なども複数人まとめて手続きができ、かつ、賃金計算もし易いでしょう。

更には、60歳誕生日以降の最初の3月31日というのもあります。日本の企業では新卒一括採用が一般的ですので、同期入社の者は定年退職も同じ日というのは合理的です。

しかし、定年年齢の設定においては注意しなければならない点もあります。

一つは、例えば男性は62歳定年、女性は60歳定年といったように男女別に異なる定年年齢を設けることは、民法に定める公序良俗に反します

また、管理職は62歳定年、非管理職は60歳定年というのは、役割、責任、業務内容の違いから直ちに違法というわけではありませんが、その合理性が問われる場合があります。

もちろん、今まで62歳定年だったものを60歳定年に引き下げるのは、不利益な変更に該当しますので認められません。

2025年4月より、高年齢者雇用安定法により、企業には希望者全員を65歳まで雇用する義務が課せられています。その方法は、定年の引き上げ、継続雇用制度、定年制の廃止のいずれかによるものとされており、現状では継続雇用制度が最多です。しかし、昨今の人出不足解消のため、高年齢者の積極活用を目指し定年年齢の引き上げや定年制を廃止する企業も増えています。

ただし、年齢による身体の機能の衰えは避けられず、定期健康診断の充実や持病を持つ社員への配慮など、高年齢者を雇用することで企業の健康配慮義務の段階も引き上げられることを忘れてはなりません。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

119.「静かな退職」を放置しないで

「静かな退職」という現象が広がっています。

静かな退職とは、実際に退職するわけではなく、仕事に対する意欲を失った状態で、必要最低限の業務のみこなす働き方のことを言います。この考え方は、数年前にアメリカで生まれた「Quiet Quitting」という言葉が若者を中心に広まり、支持されるようになったものです。

しかし、ある調査によると、静かな退職をしていると答えた人が20代の若者だけでなく、30代から50代のすべての年代において4割を超えているというのは驚きです。

ところで、静かな退職という働き方を選択することになった経緯を考えると、どうやら二つのパターンがあるように思います。

一つは、プライベートを優先するため仕事はあくまでも収入を得る手段と考え、キャリアアップを望まないケース。あるいは、副業などほかに興味があることに取り組みたいため、本業にはやりがいを求めていないケースです。

二つ目は、意にそぐわない異動などで仕事にやりがいを感じられず、意欲が低下しているケース。あるいは、どんなに頑張っても評価に差が出ず、報われないと感じているケースです。

一つ目のパターンについては、最近の若者に多い考え方です。管理職に就任することを拒むのも同じような考えからでしょう。一方、二つ目のパターンについては、どちらかと言えば中堅~ベテラン層に多いでしょう。

静かな退職について色々な意見がありますが、特徴的なのは、必ずしも静かな退職を否定的に捉えているものだけではありません。働き方が多様化する現在、最低限の業務を文句を言わずにこなしてくれればそれで十分という考えもあります。また、単純作業など、他の人があまりやりたがらない業務を引き受けてくれる社員も必要だという会社もあるでしょう。

ただし、これらの静かな退職についての肯定的な意見は、上の一つ目のパターンについては成り立ちますが、二つ目のパターンは事情が違います。

二つ目のパターンでは、やりがいのある仕事を求め、成果を出した際には称賛され、更にやりがいのある仕事を求めるという能力開発のサイクルが中断しているわけです。これは人事制度や管理職のマネジメントで改善するべきものです。

静かな退職を放置するのではなく、それを選択した経緯を分析し、改善することで「静かな退職」から「積極的な貢献」へと変換できる場合もあります。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

118.名選手は名監督になるとは限らない

日本人選手の活躍の影響で、メジャーリーグの試合中継が放映されることが多くなり、筆者も時々見ることがあります。

試合中、日本向けの実況者や解説者が、メジャーリーグの監督には、選手としてはメジャーの経験がない人が多いことを話しているのを聞くことがあります。一方、日本のプロ野球では、選手として優秀な成績を収めた人が監督に就任するケースが多く、日米での風土の違いを感じます。

日本の企業においても同じようなことが言え、例えば営業部門では、優秀な営業成績をあげた人が営業部門のマネージャーに就任することが多く、研究部門で画期的な研究成果を出した人が研究部門のマネージャーに就任することが多いのが特徴です。

また、プロ野球では「ミスター〇〇」といった、そのチーム一筋に活躍した選手は、他のチームの監督に就任することはタブー視されているように、企業においても、営業で活躍した人が研究部門のマネージャーに就任することや、その逆の例も稀です。

しかし、営業で優秀な成績をあげることと、営業部門を率いてメンバーを指導、育成することとは本来別の業務です。研究部門においても同じことです。

では、なぜ日本の企業において、プレイヤーの延長線上に同一部門のマネージャーがあるのでしょうか。

最大の理由は、優秀なプレイヤーとしての知識や経験が、同じ部門の後進の指導に活かせるという思い込みがあるからです。実際に成果を出してきた人の成功体験に基づく指導には説得力があるように思えるのでしょう。

確かにそういう一面はありますが、やはりプレイヤーとしての業務とマネージャーとしての業務では視点が違います。プレイヤーとして優秀だった人は特に、普通の人の感覚が理解できず、一人一人の能力差に応じた指導ができない場合があります。

営業や研究部門に限らず、プレイヤーとして特筆すべき能力を持ったには、引き続きプレイヤーとして最大限の能力を発揮できる環境を用意することが企業としては最善の選択です。優秀なプレイヤーをマネージャーに就けることで、その人のパフォーマンスを低下させては、企業にとって大きな損失です。この辺りは、人事制度の構築においてスペシャリスト職」を設けることで運用可能です。(041.人事制度の構築(8) 複線型人事制度の有効活用 - 人事労務の「作法」

マネージャーには他部門からでもマネジメント能力に長けた人を異動させて配置するのが良いでしょう。名選手は名監督になるとは限らないということです。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

117.「大課長」問題は組織のマネジメント体制が原因

企業の人事部を舞台にしたTVドラマが最終回を迎えました。

ストーリーの展開はさておき、人事部にフォーカスした今まで類のないドラマだったと感じています。しかし、筆者としては最初から最後まで少し違和感をもって見ていた箇所があります。

過去の記事(110.ドラマで垣間見る人事部の業務 - 人事労務の「作法」)にも書きましたが、人事部の業務は幅が広く、一般的には人事部内の機能に応じて、「人事」と「労務」などの「課」で分けて組織を運営することが多いのです。

もちろん企業規模にもよりますが、ドラマでは部長を除き8人のメンバーがいましたので、組織分化は十分にできる規模でしょう。そしてそれぞれの課には課長もしくは役職はなくともリーダー的な役割の人材が必要です。ドラマを見る限りではそのような立場の人は存在せず、部長以下皆フラットな組織のように見えました。

決してドラマの脚本に文句を言っているわけではなく、これを実際の企業に置き換えて考えると、大きな弊害があります。

まず、人事部内に管理職が部長だけでは、組織運営上支障が出ます。本来人事部長には、採用計画立案、人件費予算策定、人事制度構築といった経営に近い立場での業務が期待されますが、他に管理職がいないと人事部内の各メンバーに対するマネジメント業務が加わります。これでは部長の負担が大きくなりすぎるばかりか、どちらかが疎かになりがちです。通常は、各メンバーのマネジメントは課長などの役割の人が行う業務です。

そして、人事部長が社長に昇進した後の後任の人事部長には、今までマネジメント業務経験のない一般社員が就くことになるわけですが、この人に経営感覚を持った業務は期待できません。どうしても実務感覚の延長で、メンバーのマネジメントを中心とした業務に偏ってしまい、本来部長が行うべき業務は疎かになります。

この構図は過去の記事にある「大課長」問題080.組織にはびこる「大課長」問題 - 人事労務の「作法」)そのものです。

部長が本来行うべき業務を行わず、課長が行うような業務に終始するのは、組織のマネジメント体制が原因となることもあるのです。一般社員をいきなり部長に抜擢しても、その人に経営感覚を持った業務は期待し難く、やはり段階的にマネジメント経験を積ませていくことが必要なのです。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

116.退職日の前倒しは解雇に該当します

5月22日に、東京地裁で退職日をめぐっての判決が出ました。

この事件は、労働者が約1ヶ月半後の退職を申し出ていたところ、会社はそれよりも1ヶ月以上前の日を退職日と指定して退職させた案件です。これに対して裁判所は、退職日の前倒しは労働者の真意の同意がなかったとして実質的には解雇に該当するとし、解雇予告手当の支払いを命じたものです。退職にあたっては、両者で守秘義務に関する誓約書を交わし、会社が指定する日を退職日とする条項もあり、労働者が署名、捺印していたにもかかわらず、このような判決が出たのです。

退職後の再就職の有無等については不明ですが、退職日の前倒しによる賃金損失の不利益が大きいと判断されたのでしょう。

退職日の会社側の事情による前倒しについては、過去の記事(047.月末前日退職の罠 - 人事労務の「作法」)にも記載しています。この記事では、今回の事件とは違い、会社負担の社会保険料を節約するために月末前日退職を指定することの危険性について論じていますが、本質は同じ事です。

今回の判決から明らかなことは、誓約書などで退職日を会社が指定し、労働者が署名していても、それが真意に基づき適正な手続きを経たものでなければ、後々、解雇を主張され、それが裁判で認められる可能性があるということです。

筆者の経験では、労働者からとある月の28日付での退職申し出があり、直感的に事情が思い浮かんだので、話を聞いたことがあります。思った通りその労働者の話では、この28日は金曜日で、29日、30日は土日で休業日のため、最終勤務日の28日金曜日付での退職を申し出たとのことでした。

月給制の労働者であり、28日付退職でも30日付退職でも当月分の賃金支給額に影響はないのですが、社会保険の仕組みを説明し、結局、この労働者には退職希望日を30日付に変更してもらったことがあります。

労働者からの申し出をそのまま受け入れてもよいのですが、事情が想定できる以上は退職する労働者にも配慮したいものです。決して、月末日付退職の申し出を、社会保険料を節約するために、月末前日退職に変更を勧めることのないようにしてください。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

115.休憩時間を有効に活用しましょう

フレックスタイム制や在宅勤務の浸透により、働く時間や場所が柔軟になり、社員の休憩時間の管理が難しくなる場合があります。

休憩時間については、労働基準法第34条で、①労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上与えること②労働時間の途中に与えること③一斉に与えること④自由に利用させること、が定められています。

一昔前の全員出社が前提の働き方では、上記③について、金融業や飲食業などの一斉付与の例外に該当する業種を除いては、昼の12時から13時頃までを昼休みとして規定しておけば、法律の要件は満たしていました。

ところが、フレックスタイム制、その中でも特にコアタイムを設けない所謂「スーパーフレックスタイム制」の場合、始業・終業時刻と、その日に何時間働くかは労働者の裁量に委ねられていますので、一斉付与の適用除外を労使協定で定めたとしても、休憩時間を取る時間帯を労働者自身が適切に管理しなければなりません。

また、在宅勤務では、勤務中に業務以外の私用時間が混在する場合もあり、それらを休憩時間としてカウントし、合計で必要な休憩時間となるように管理する必要があります。或いは、管理者の目が行き届かないことから、業務に集中し過ぎて休憩時間を取り忘れることもありがちです。

ある調査では、心身の健康上の問題で生産性が下がる割合を休憩時間との関係で調べたところ、61分以上休憩している人が生産性が下がると答えたのは15%に対し、45分未満の休憩では27%程度、休憩はしないと答えた人では30%と倍増します。

一昔前のホワイトカラー労働者の昼休みの光景を思い出すと、12時のベルと同時にオフィスを飛び出し、近所の人気のお店に行列を作って昼食を食べ、食べ終わってオフィスに戻る頃には昼休み時間も終了間近というものでした。

今は働く時間や場所が柔軟になり、混雑する時間を避けてゆっくりとランチを楽しむ余裕が生まれました。単にエネルギー補給のためだけでなく、煮詰まった思考回路を解きほぐし、新しい発想を生み出すのに有効な時間となります。

元々は工場労働者の肉体的疲労を解消するための休憩時間の規定ですが、現在の労働者も法の要件を遵守したうえで、生産性を向上させるために有効に活用しましょう。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

114.コメ不足にも似た人手不足解消のカギ

コメ不足による価格の高騰が続いています。

報道では、コメ特有の流通経路の複雑さに問題があり、更には一部の卸業者が出荷を手控えていることも価格高騰の原因であるとされていますが、基本的に商品の価格は需要と供給のバランスの上で成り立っています。現在はそのバランスが崩れている状態と言えます。

政府はこの異常事態を解消するために、備蓄米を随意契約で放出することで、需給バランスの是正を図っているのは周知のとおりです。

実は、人事の世界でも似たようなことが起きています。

昨今の人手不足によって、初任給を引き上げないと新卒社員が確保できない現象が起きています。もっとも、インフレを上回る賃金の上昇は必要ですが、特に新卒社員の初任給アップは、それとは違い、まさに需給バランスが崩れた状態でしょう。新卒社員に比べ、既存社員の賃金はそれほど上がっていないのは、そういうことです。

しかしながら、人口減少が加速している日本においては、更に労働力人口が減少することは明らかで、その都度初任給を引き上げて新卒社員の奪い合いをしても何の解決にもなりません。そのうちに、体力が尽きた企業が市場から退場するという構図は現実的ではありません。

労働力が減るのであれば、減った労働力で企業が運営できるようなシステムに変革することが必要です。AIの発達により、人の手を介さずとも完結する業務を増やすことがその代表的な方策です。そうすることで、労働力市場における需給バランスの適正化につながります。

とはいえ、足元では人手不足が顕在化しているのは事実であり、これを解消するために政府は「備蓄米の放出」にも似た策をいくつも講じています。

前回の記事に書いた、年金法の改正(113.在職老齢年金制度改正で「あんこが詰まったあんパン」に - 人事労務の「作法」)や、リスキリングを目指した雇用保険法改正(094.雇用保険法の改正はリスキリングのチャンス - 人事労務の「作法」)、更には、現在努力義務とされている60歳代後半の雇用義務化への流れなどで、労働市場に労働力を供給しようとしています。

労働力の需給バランスが安定するまでは、筆者を含めた「ヴィンテージ労働者」の出番なのでしょう。既に再雇用など第一線を離れた人が多いでしょうが、働いてみると意外に遜色ないかもしれません。

 

人事・労務ランキング社会保険労務士ランキング

スポンサーリンク