人事労務の「作法」

企業の人事労務課題を的確に解決します

141.労働基準監督署の調査対応は健康経営そのものです

前回まで6回にわたり、労働基準監督署による調査の際の準備、心構え、対応方法などについて説明してきました。今回は一連のまとめで締めたいと思います。

労働基準監督署が調査を行い、企業に是正勧告や指導を行う目的は、もちろん法令違反を是正することにありますが、最大の目的は過重労働による健康障害を防止することにあります。このことは、違法な長時間労働が横行し、過労死問題が社会問題化したことをきっかけに、2015年4月に厚生労働省東京と大阪の労働局内に、「過重労働撲滅特別対策班(通称:かとく)」を設置して取り締まりを強化していることにも表れています。

「かとく」が最初に注目されたのは、某大手量販店の従業員4人に対し、36協定による上限時間79時間を超える最大109時間余りの時間外労働をさせた疑いで、企業と役員、店長2人が書類送検された事件です。この事件では、時間外労働に対する賃金不払いはなく、割増賃金は全額支払われていたにもかかわらず、更には企業や役員だけでなく店長までも書類送検された点で大きな注目を集めました。

このように、労働者の健康障害につながる過重労働に対しては、専門チームが厳しい目で見るようになったことから、一般の労働基準監督署の定期調査でも、労働時間については36協定の範囲内であっても時間をかけて調査されるわけです。

そこで、企業の対策としては、すべての労働者に対して時間外労働を1ヶ月45時間以内に抑えることができれば良いですが、人手不足問題や他社との競争力確保のため、そうもいかない場合もあります。このような状況のときには、長時間労働を可能な限り削減する一方で、労働者の健康障害を防止する方策を合わせて実施することが良いでしょう。

具体的には以下のような取り組みです。

変形労働時間制の採用による業務の繁忙時期に応じた労働

フレックタイム制勤務インターバル制の採用による勤務時間の柔軟化

年次有給休暇の取得促進による心身の疲労回復

医師や保健師による面接指導制度の拡大運用

このような取り組みを行ったうえで長時間労働を削減し、労働者の健康の保持増進に努めるという経営側の意思表示は、労働基準監督署に対してだけでなく、労働者や社会に対しても良いメッセージとなるのです。

これは健康経営そのものであり、労働基準監督署の調査対応を超える次元で、現在の企業に課せられた使命でもあります。

 

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140.指導票を労働環境の改善に利用しましょう

前回、36協定の内容に関わらず、時間外労働が1ヶ月45時間を超えている労働者がいた場合に指導票が交付される可能性があることを説明しました。そこで今回は、このような指導票が交付された時に、どのような是正報告書を提出すれば良いかを説明します。

前回も述べた通り、改善に向けて積極的に取り組む姿勢を示すことが重要です。単に「時間外労働が45時間を超えないように管理を強化します」だけでは具体性に欠けます。

まず、時間外労働が45時間を超える労働者が多数存在する場合は、そもそも業務に対して人手が足りていないことが考えられます。このような場合は、採用人数を増やしたり、他部門からの配置転換によって、一人当たりの負荷を減らすということを実行すべきでしょう。

一方、特定の労働者だけが時間外労働が45時間を超える状態である場合には、ある業務を遂行するにあたって必要な能力、経験、資格等を保有する労働者が限られ、特定の労働者にのみ負荷がかかっている可能性が考えられます。このような場合は、そのような能力等を保有した労働者をピンポイントで中途採用するなどの対策が必要となるでしょう。

このように時間外労働が45時間を超える労働者の状況に応じて、対策を講じて実行しますという内容の是正報告書を提出すればよいでしょう。当然、このような報告をした以上は、具体的に実行した成果を追加で報告を求められることがありますので、報告しっ放しというわけにはいきません。具体的に実行に移す必要があります。

もう一つ、時間外労働が45時間を超える労働者が存在する原因として厄介なのは、人手が足りないわけでも、特定の能力等を保有した労働者が他にいないわけでもなく、労働時間を労働者の自己申告に任せている状態が考えられます。

このような状態では労働者の生産性は低くなり、所謂ダラダラ残業が増え、管理者側もそれを黙認している状態かもしれません。労働者のモチベーションも低い状態でしょう。

このような実態が読み取れるのなら、労働基準監督署の指導を契機と捉え、社内の改革に取り組む良いきっかけとなります。社外のコンサルなどを迎え入れ、人事制度を含めた制度改革と労使双方の意識改革に取り組むことを是正報告に記載してはどうでしょうか。

労働者から見れば、急に管理が厳しくなったと受け取られがちですが、労働環境の改善に向けて労働基準監督署の指導が後押しとなるのです。

 

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139.労働時間に関しては指導票が交付されます

前回まで、労働基準監督署の調査で是正勧告を受ける恐れがある事項について解説しました。総じて違法の認識がなくとも、勘違いによって法令違反となっている事項が多いでしょう。また、過去の調査では指摘されなかった点も、監督官が変われば違法を指摘される場合もあります。

一方で、法令違反ではないが改善が望ましい点について指導票が交付された場合は、その内容にもよりますが、放置せずに改善に向けて取り組みますという姿勢を示すことが重要です。

指導票が交付されやすい事項としては、労働時間に関することでしょう。

36協定で定めうる時間外労働時間の上限は1ヶ月につき45時間、1年につき360時間ですが、特別条項を設ければ、年6ヶ月まで、単月では100時間、複数月平均では80時間、年間720時間までの時間外労働が可能となります。

このような内容の36協定を締結している状態であっても、例えば1ヶ月45時間を超える時間外労働を行った労働者が存在した場合、適切な手順を踏んでいれば決して違法ではありませんが、「45時間を超える時間外労働が認められるため改善を要する」といった指導票が交付される場合があります。

これは単に労働時間の制限を定めた労働基準法の適否だけでなく、過労死や医師による面接指導について定めた労災保険法や労働安全衛生法との関連もあり、近年労働基準監督署が指導を強化している点です。

厚生労働省発行の「過重労働による健康障害を防ぐために」というパンフレット(001186387.pdf)にあるように、時間外・休日労働が1ヶ月45時間を超えると、健康障害のリスクが徐々に高まるという医学的検討結果を踏まえ、仮に45時間を超える時間外労働が可能な36協定を締結している場合でも、時間外労働が45時間以内となるように推奨しているものです。

それでも45時間を超える時間外・休日労働が発生し、健康への配慮が必要と認められた労働者については、医師による面接指導を行うことが望ましいとされています。

過労死の判断基準においては、拘束時間や連続勤務、出張の多寡、心理的負荷などの要素のうち、労働時間が最も客観的な要素となりますので、過労死を防止するため時間外労働については、法令違反でなくとも指導が強化されているのです。

 

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138.雇用契約書、労働条件通知書の不備に注意

前回、家族手当や住宅手当を中途半端な基準で支給し、残業単価計算基礎から除外すると、是正勧告の対象になることを指摘しました。

少し補足すると、家族手当を残業単価計算基礎から除外するには、扶養家族の有無だけで金額を定めるのではなく、その人数に応じて支給金額を定めなければなりません。同様に住宅手当については、持家や賃貸といった区分で金額を定めるのではなく、住宅ローンの何パーセントとか、家賃の何パーセントといった明確な基準が必要です。(004.住宅手当は支給基準を明確に - 人事労務の「作法」参照)

この点について是正勧告を受けた場合は、6ヶ月程度遡って不足額を支払うように命じられることになるでしょう。

この他、是正勧告を受ける事例としては、労働契約書や労働条件通知書に定めるべき項目が足りていない場合が該当します。

労働基準法第15条では、労働契約の締結に際し、賃金、労働時間その他の労働条件を明示することが義務付けられています。具体的には以下の事項を「絶対的記載事項」として必ず明示しなければならないとされています。

1.労働契約の期間

2.有期労働契約の更新基準(通算契約期間、更新回数の上限、無期転換の申込機会、無期転換後の労働条件を含む)

3.就業の場所及び従事する業務内容(その変更範囲を含む)

4.始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、交代制のルール

5.賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項

6.退職に関する事項(解雇の事由を含む)

これらのうち見落とされがちなのは括弧書きの部分です。2と3の括弧は2024年4月の法改正で追加されたもので、特に3の就業の場所及び業務内容について変更の範囲が記載されていないと、通知した就業の場所の変更(例えば転勤など)や、職種転換を命じることができなくなる場合があります。(095.ジョブ型雇用は定着するのか - 人事労務の「作法」参照)

雇用契約書や労働条件通知書の内容不備を指摘された場合は、速やかに不足事項を追加し、労働者に説明の上、変更した内容で是正報告書を提出しましょう。放置しておくと、労働条件に関してトラブルに発展しないとも限りません。

労働基準監督署の調査で是正勧告を受けた場合は、より良い労働環境を構築するためのアドバイスと前向きに受け止め、改善に努めてください。

 

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137.労働基準監督署からの指摘事項

労働基準監督署の調査が終了し、幸いにも指摘事項がなかった場合は、自信をもって今までの取り組みを継続しましょう。一方、指摘を受けた場合には改善が必要になります。

指摘事項には監督官名で「是正勧告書」もしくは「指導票」が交付されます。

是正勧告書とは、労働基準法などの法令違反があった場合に交付されるもので、違反の内容と改善の期日が記載されています。その期日までに改善結果を「是正報告書」に記載して報告する必要があります。なお、監督官が一般的に使用する是正勧告書には、「所定期日までに是正しない場合又は当該期日前であっても当該法違反を原因として労働災害が発生した場合には、事案の内容に応じ、送検手続きをとることがあります。」と記載されていることから、是正勧告を受けた場合は速やかに改善措置を講じることが賢明でしょう。

一方、指導票とは法令違反とまでは言えないものの、改善が望ましい事項について交付されるものです。指導票には是正勧告書に記載されている「送検云々」といった記載はありませんが、指導票で指摘された事項についても、放置せず是正報告書で改善の報告をすることが望ましいでしょう。

ところで、近年の労働環境において是正勧告書で法令違反を指摘されそうな事項を筆者なりに予想してみました。ただし、時間外労働が36協定の上限を超えた違法な長時間労働や、サービス残業による賃金不払いなどの悪質な事例は別として、きちんと対応しているつもりでも見落とされがちな事項です。

一つは昨今の賃上げ機運に乗り遅れないように賃上げを行ったものの、基本給をアップすると賞与や退職金にも影響するので、家族手当や住宅手当で賃上げを行った例はないでしょうか。

家族手当の場合、単に、扶養家族がいる人にいくら、いない人にはいくらとかでは家族手当の要件を満たしません。また、住宅手当も持家の人はいくら、借家の人はいくらとかでも同じように要件を満たしません。

このような中途半端な家族手当、住宅手当を支給している場合は、残業単価計算基礎から除くことはできず、これらの手当を含めて残業単価を計算しなければなりません。

意外とこのような手当の支給をしてしまって、残業単価の計算違いによる過少払いを指摘されるケースが多いような気がします。

他にもありますが、続きは次回記載します。

 

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136.労働基準監督署がやってきた!

前回、労働基準監督署から調査の通知があった際の準備について説明しました。今回は、監督官が来社する調査当日の対応について解説します。

前回示した通り、指定された書類等は紙に出力し、インデックスなどを付けて見やすいようにファイリングしておきます。周りの社員が調査の様子に気を取られることもあるので、オープンスペースではなく会議室を用意しておきましょう。

調査に対応する人事課長等の責任者や実務の担当者の心構えとしては、何か指摘を受けるのではないかとビクビクするのではなく、労働安全衛生行政を理解し、積極的に協力している姿勢を強調し、法令に基づいた日頃の取り組みを自信をもって説明しましょう。一方で、理解不足によって間違った対応をしている部分もあるかもしれないので、そのような点があれば指導を仰ぎたいといった謙虚な姿勢も必要です。

労働基準監督署の調査の目的は、法令が遵守され、労働者の権利が保護された職場環境を守ることにありますので、調査に対する会社側の対応姿勢は、その目的が達成された職場かどうかを明確に表しています。その意味では、前回示した通り、調査の冒頭に人事担当役員等経営レベルの者が挨拶をすることは大きな意味があります。会社全体で労働者の権利保護と職場環境の改善に取り組んでいるということを示すことができます。

ところで、労働基準監督署の調査には、大きく分けて「定期監督」と「申告監督」の二種類があります。

定期監督とは年間の計画に基づいて定期的に行う調査です。業種を絞って調査したり、事業所の規模を絞って調査することもあります。

申告監督とは、労働者やその関係者から法令違反等の疑いの相談があった際に実施される調査です。

申告監督の場合は、監督官がある程度の情報を持っていて、調査の対象を絞って調査しますので、会社側もそれに応じた対応が必要になります。調査の流れでどちらの調査かはある程度予測できますが、調査が始まる前に定期監督なのか申告監督なのかを監督官に確認すると良いでしょう。

もっとも、労働者側の法律や規程の理解不足で事なきを得ることが多いのですが、万が一会社側に対応の不備があった場合には、上に書いたように監督官の指導を仰ぐ姿勢を示すことが重要です。

次回、調査においてよくありがちな指摘事項について解説します。

 

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135.労働基準監督署がやってくる!

それは突然やってきます。所管の労働基準監督署から調査についての通知です。

準備する書類等を用意し、指定された日時にその書類等を持参して労働基準監督署に出頭を依頼してくる場合と、事業所に調査のため訪問する日時を通知してくる場合があります。人事担当者にとっては身構えてしまう瞬間ではないでしょうか。

稀に、予告なく突然、人事担当責任者に話を聞きたいと言って事業所に監督官が来社することもあります。しかし、責任者が不在の場合もあり、またどうしても外せない会議中ということもあるので、労災事故の調査などでない限り、突然の訪問に対しては、仮に責任者が在籍している場合でも理由を添えて丁重にお断りし、日時を調整して改めて来社してもらうのが良いでしょう。関係書類に基づいて話をすることになるので、準備する時間も必要だからです。

労働安全衛生関係の調査の場合、一般的に準備する書類等は以下のようなものです。

①労働者名簿

②出勤簿、タイムカード等労働時間の記録(直近6ヶ月程度)

③賃金台帳(直近6ヶ月程度)

④36協定等労使協定

就業規則、賃金規程

雇用契約書、労働条件通知書

年次有給休暇管理簿

⑧健康診断個人票

⑨労働安全衛生委員会議事録

⑩その他指定する書類

現在では人事給与に関するシステムが導入されていることが多いでしょうから、労働者名簿、出勤簿、タイムカード、賃金台帳、年次有給休暇管理簿等は自動的に出力できる環境になっているでしょう。ただし、これらは人事給与システムに入って見てもらうのではなく、事前に紙に出力しておきましょう。

一方、紙で保管されていることが多い36協定等の労使協定類、雇用契約書、健康診断個人票、労働安全衛生委員会議事録等は漏れがないか確認の上、見やすいようにファイリングしておきます。

労働基準監督署に出頭する場合でも、監督官が事業所に訪問してくる場合でも、対面する監督官は2名程度が一般的です。一人が上司で事業所側に質問したり、部下にチェックする箇所を指示したりします。

事業所側も監督官の人数に合わせ、2名程度で対応するのが良いでしょう。企業規模にもよりますが、対応するのは人事課長などの実務を熟知した管理職と部下の担当者が適任です。監督官が事業所に訪問してくる場合には、人事担当役員等が挨拶だけして退席するのが良いでしょう。

次回以降、具体的な調査対応について記載します。

 

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