人事労務の「作法」

企業の人事労務課題を的確に解決します

158.労働時間規制緩和に向けた提言の違和感

労働時間規制の緩和に向けて、自民党が政府に対する提言案をまとめたようです。

内容は法改正を伴うものではなく、運用改善によって早期に実現できるものですが、少々違和感を覚えます。

先ず、現状の労働時間の制限は1日8時間、週40時間ですが、36協定を締結すれば時間外労働は1ヶ月45時間、年間360時間まで可能となります。ただし、36協定に特別条項を設ければ、休日労働を含めて1ヶ月100時間未満、年間720時間以内、複数月平均では80時間以内が限度です。

これに対し今回の提言は、労働基準監督署が「違法な時間外労働にならないように36協定や特別条項の締結に向けたサポートを行う」とあります。つまり、効率よく業務をこなし、違法とならないように労働時間規制の制限内に収めている企業に対して、36協定や特別条項を締結して残業させましょうとアドバイスするということでしょうか?不思議な話しです。

過去の記事(146.労働時間規制緩和は実現するか - 人事労務の「作法」)に記載しましたが、約半数の企業で36協定を締結していないという調査結果があります。これらの企業は36協定の仕組みを知らずに締結していないのではなく、時間外労働の必要がないから締結していないのだと思います。時間外労働が発生しているにもかかわらず36協定を締結していないのなら、その時点で法令違反となっているからです。

また、提言には、労働基準監督署による「時間外労働を月45時間以内に削減することを求める一律の指導を見直す」というのもあります。確かに36協定で特別条項を設けていても、業務の繁忙によって45時間を超える時間外労働が発生した労働者が1名でも存在すると、監督官から指導票が発行される状況は不自然です。これでは特別条項が意味をなさなくなります。

今まで一律指導の方針だったことは驚きですが、今後も単に時間の多寡ではなく、時間外労働が慢性化しているとか、特定の労働者に業務が集中しているとかの事情に応じて指導する方針に改善して欲しいものです。

今回の提言は、現行の制度内でより長く働きたい人の意向に沿った改善を目指しているようですが、労働時間を長くしたいと希望する労働者の割合は10%程度だという調査結果もあります。今、企業や労働者に必要なのは、生活費を稼ぐために働く時間を増やすことではなく、成長分野での研究開発や、その業務を通して労働者の成長を後押しするための時間の確保です。どうやら提言の目的がずれているような気がします。

 

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157.毎年この時期の光景

毎年この時期になると、電車内にもオフィスビルのロビーにも新入社員の姿が目立つようになります。

別に、「私は新入社員です」といった名札を付けているわけでもないのに、真新しいスーツに身を包んでいるせいか、立ち振る舞いなど全体の醸し出す雰囲気でそれとわかるのは、筆者が長年人事を経験してきたからでしょうか。

ところが、3ヶ月も経つと、新入社員かどうかの見分けがつかなくなるのも例年の光景です。

そのような中、今年もすでに退職代行サービスを利用して退職する人がいるようです。昨年の退職代行サービス会社の弁護士法違反事件をきっかけに、利用者の声をマスコミで取り上げる機会は減ったように感じますが、実態は変わらないのでしょう。

退職代行サービスの利用の良し悪しは別として、希望を持って入社した若者が早々に退職する現実を、企業側はもっと深刻に考えるべきだと筆者は感じます。

若者が退職を決断する理由で一番多いのは、聞いていた労働条件が実際とは違っていたというものだそうです。例えば、正社員での採用と聞いていたのに、実際は契約社員とか派遣社員だったとかのようなことです。ここまでの相違は企業側の悪意を感じます。

労働者側も口頭での確認だけでなく、労働条件通知書を要求するなど事前に書面で確認すれば防げたかもしれません。そもそも、企業側は労働条件を書面で通知する義務があります。

ここまで重大な契約違反は別としても、配属された部署の上司がパワハラ体質だったというのも退職理由として多いようです。所謂、配属ガチャや上司ガチャのようなものです。

この事象が該当の上司だけの現象なら、労働者が退職を決断する前に会社側に改善を申し入れることを試みるのが先決です。ガバナンス体制が構築できている企業であれば、コンプライアンスの通報窓口があるはずです。新入社員とはいえ、ためらう必要はありません。周りの社員は環境に慣れてしまい、感覚がマヒしている恐れがあります。

企業としても、コストをかけて採用した社員が早期に退職し、コンプライアンス違反が世間に知れ渡ることのリスクは避けたいところですので、新入社員からの声にも耳を傾け、当該上司に対する指導を行うはずです。それが行われなければ退職を決断する時かもしれません。

今は新しい環境に戸惑いながら日々過ごしている新入社員が、3ヶ月後、その環境に慣れ、新入社員と見分けがつかなくなる日がくることを願っています。

 

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156.「年下上司」と「年上部下」問題の解決に向けて

前回、再雇用社員の扱いの難しさについて言及しましたが、ちょうどネットニュースにも、「年下上司」と「年上部下」の関係性について記事が出ていました。特に大企業の場合、約3割の企業でこのような現象が起きているようです。

そもそも企業内において、年齢とマネジメント上の役職が逆転する要因としては、以下のような理由が考えられます。

①年上社員が定年を迎え、再雇用社員となったため役職から外れたケース

②年上社員が企業内での昇進を望まない「静かな退職」を実践し、年下社員が上位役職に就くケース

成果主義の導入により、成果の大きい年下社員が成果の出ない年上社員よりも上位の役職に就くケース

役職定年制の導入により、一定の年齢を超えると年上社員が役職から外れ年下社員にその役職を譲るケース

⑤親会社や取引金融機関から幹部社員として出向してくるケース(このケースは必ずしも年下上司になるとは限りませんが)

前回示したのは①のケースです。既に責任や権限が縮小するに伴い、年収も大幅に減っていますので、再雇用社員がそのことを割り切って自覚し、後進の相談役に徹すること等で解決するパターンです。

②も本人が昇進を望まない以上、年下上司の下で働くことも納得の上と考えられますので問題は起きないでしょう。①も②も年下上司が必要以上に気を遣うことはないケースです。

一方、③と④は制度上の問題で、やはり大企業に多いケースでしょう。

③は成果主義の下で働く以上は、年齢と役職が逆転することもあるということを理解し、結果的に逆転していることが誰が見ても納得できるような制度を構築することが必要です。

一番難しいのは④のケースで、過去の記事にも書きましたが、①とは違い定年に達する前に年齢によって役職を解かれる社員のモチベーションの維持が難しい問題です。役職定年制を導入しなくとも、成果主義の範囲で自然と新陳代謝が実現できる制度の方が良いと筆者は考えています。

⑤はその他の事象ですが、大企業よりも中小企業に多いケースです。受け入れ側が要求する条件に合致した人材が出向するケースは別として、一般的には親会社等の都合で出向する人材を人選します。受け入れる側としては「よそ者」扱いで、馴染むまで時間が掛かります。このような風習は止めるべきでしょう。

年下上司と年上部下の問題は、特に成果主義や役職定年制の制度下においては、経営層がその制度を存続させる根拠を示し、双方のモチベーションに配慮すべき経営上の課題だと考えられます。

 

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155.再雇用社員の扱いをプロスポーツの観点から考える

野球のWBCで盛り上がっていた中、少し気になる話題がありました。

開幕前に選手間で食事会を開催した際、一番年長の選手が飲食代全額を一人で負担したという話です。その選手よりもはるかに高額年俸の選手がいたにもかかわらず。どうやら野球界では、年功的な習慣が残っているようです。

一方、大相撲の世界は番付社会で、年長であろうと入門が先であろうと上位番付の力士が優遇されます。年長者が年下の力士の付け人を務めることもあります。日本の国技でありながら、完全な実力社会なのでしょう。

ところで企業においてはどうかというと、企業規模や企業風土によっても違いますが、筆者の経験上は役職に応じた社会になっているような気がします。

例えば忘年会などを開催する場合には、部長や課長などの管理職は会費を多く負担し、一般社員の負担は軽くするというのが標準的でしょう。段階を細かく分けすぎると、幹事が会費を徴収するのが面倒になるので、上級管理職、中間管理職、一般社員の3段階くらいでしょうか。

ここで悩ましいのが、元部長などの再雇用社員の扱いです。年収は大幅に下がっているので、管理職の区分としては気の毒であり、かといって年収が若手社員並みだからと言って一般社員の区分とすると元部長のプライドを傷つけることもあります。幹事を経験した人は思い当たるのではないでしょうか。

忘年会の会費に限らず、再雇用社員の扱いはお互いに苦労があるところです。再雇用社員は、ラインの管理職を外れた後もいつまでも現役のつもりで元部下に口出しすると煙たがられます。今は上司となった年下の元部下も、口出しされると面倒なので、なるべく関わらないようになります。

これではせっかく再雇用社員を有効活用しようにも上手く機能しません。再雇用社員は役割が変わったことを自覚し、マネジメントの場面からは退場し、また、AIやICTツールを駆使した作業も苦手になってくるでしょうから、若手社員の育成などの分野に特化するのが良いと思います。

再雇用社員は、野球でいえば監督の指示を選手に伝えるコーチの役割、大相撲であれば部屋付き親方の役割に徹することです。現役選手ではなく、それを支える側という意識を持った方が上手く機能します。それによって忘年会の会費問題はお互いに気を遣わずとも解消するでしょう。

ちなみに、社会保険労務士などの士業仲間の懇親会費用は、年齢や経験に関係なく皆同額負担です。お互いの専門性を尊重しているからこその扱いでしょう。

 

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154.退職時の業務引継ぎへの備え

年度末は、4月から新たな職場に転職するための退職者が増える時期です。

この時期問題になるのは、有給休暇の取得と業務引継ぎの関係です。労働者は残った有給休暇は可能な限り取得しようと考えますが、企業側は業務の引継ぎが完了していない状態で有給休暇を取得されては困ることもあります。

労働基準法では、「有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない」とされています。一方、企業側には請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」という時季変更権が認められています。

ただし、例えば3月末退職予定の労働者から、最後の10労働日について有給休暇取得の請求があった場合、企業側が引継ぎが完了していないことを理由に、時季変更権を行使できるかというと、極めて難しいでしょう。

というのは、4月以降は労働契約が消滅するため有給休暇の権利も消滅します。有給休暇を4月にずらす場合は、退職日もずらす必要があり、4月から新たな職場に転職する人はそれが不可能です。

社員の退職に限らず、急な病気による長期休職の可能性もあり、本来は業務が属人化しないようにマニュアル化するなどの対応をしておけば、このような問題は発生しないはずですが、程度の差はあれど、どこの職場でも起き得る問題です。

もし、退職する社員との間で有給休暇取得と業務引継ぎの関係でトラブルが起きたら、まずは良く話し合って、有給休暇の取得を調整してもらうように誠実に企業側から交渉することです。

それでも交渉が難航したときは、引継ぎが完了しないことで事業の正常な運営を妨げる場合に限り、土曜日・日曜日などの会社休日に休日出勤命令を出して引継ぎを行うことは可能です。会社休日は元々労働の義務がない日ですので、この日に有給休暇を充当することはできません。

この場合、前提条件として、就業規則で「業務上の必要に応じて休日出勤を命じることがある」という規程がされていて、かつ、36協定で休日労働の取り決めをしている必要があります。

とはいえ、新たな職場に希望をもって飛び出していく労働者に、最後の最後まで負担をかけるのも考え物ですので、このようなことがないように日頃から業務の標準化を心掛け、急な退職にも対応できるように備えておくべきであることは言うまでもありません。

 

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153.人事制度の構築(40) すべての企業に人事制度は必要です

前回までで、賃金制度を構成する月例給与、賞与、退職金についての解説は終了しました。同時に、2023年11月から「人事制度の構築」というテーマで不定期に投稿し続けてきた、人事制度を構成する三つの要素である等級制度、評価制度、賃金制度についての筆者の一連の見解は今回でひと区切りとさせていただきます。

当初は最終的な着地点が明確でないまま書き始めましたが、徐々に一つの方向性が見えてきて、以降はその方向に沿った見解が示せるようになってきた気がします。

ただ、過去の投稿を読み返してみると、書き漏れていることも多々あります。これらの点については、今後個別のテーマで補足しようと考えています。

初期の投稿にも書きましたが、人事制度とは企業が経営目標を達成するために人材を管理する仕組みのことです。経営目標を達成するためには人材の育成が最重要課題であり、人事制度は人材育成に貢献する内容でなければなりません。

そして、人材育成のポイントは、「目指す人物像」を明確にすることです。その人物像に向けて必要な要件を具現化したものが人事制度となって表されるのです。つまり、目指す人物像に向けて到達段階を格付けしたのが等級制度であり、その等級の段階ごとに到達できている点、未達の点を明確にするのが評価制度で、それを処遇に紐づけるのが賃金制度です。

しかし、人事制度をこのように定義すると、組織が機能分化していない小規模企業の経営者のなかには、自社には人事制度など必要ではないと考える方はいないでしょうか?

一連の投稿で例示した各制度の内容は、ある程度の社員規模のある中小・中堅企業向けのものですが、小規模企業においても内容は簡素化したとしても、ぜひとも人事制度を構築すべきと考えます。

小規模企業においても、「優秀な人材が採用できない」、「採用した人材が定着しない」、「幹部となる人材が育たない」といった課題があるはずです。人事制度は人材育成を目的としますので、小規模企業こそ人事制度を構築すべきと考えます。社長の思い付きだけで評価や処遇が決まることがないようにしたいものです。

人事制度を構築することで、その企業が目指す人物像が明確になり、その人物像に向けて業務に取り組むことで、自分自身も企業も成長発展するというメッセージを社内外に発信することができるのです。

 

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152.裁量労働制適用下の36協定

前回、裁量労働制について触れましたので、今回は実務上盲点になりがちな裁量労働制と36協定との関係について考察します。

繰り返しになりますが、裁量労働制は特定の職種について、1日につき実際に働いた時間にかかわらず、労使であらかじめ取り決めした時間(みなし労働時間)働いたとみなす制度です。制度上は実労働時間の把握が不要ですが、深夜や休日に働いた場合は別途割増賃金の支払いが発生することや、労働安全衛生法上の健康確保措置の観点からも、実労働時間の把握が必要になります。

みなし労働時間を何時間とするかは労使の判断に委ねられていますが、上記で把握した実労働時間との乖離が大きければ、労働基準監督署の調査で指導を受けることが多い事項です。仮に、1日あたりみなし労働時間を8時間以内で取り決めすれば36協定の締結は不要ですが、実際には8時間以上働くことが常態化していれば、割増賃金は支払われないまま長時間労働となり、連合が懸念する「定額働かせ放題」となります。

しかしながら、実労働時間を考慮してみなし労働時間を取り決めしようとした場合、36協定との関係が問題となることがあります。

36協定で取り決めできる時間外労働時間の上限は、原則として月45時間、年間360時間です。1箇月の平均稼働日数を20日とすれば、1日あたり9.5時間労働(時間外労働1.5時間)で年間360時間に達します。つまり、裁量労働制を適用した場合で、みなし労働時間を8時間超に設定する際には、原則として1日あたり9.5時間が限界ということです。みなし労働時間を実労働時間に近づけて取り決めする場合は、36協定との関係を考慮する必要があるのです。

更には、みなし労働時間を1日あたり10時間で取り決めするとすれば、同様に1箇月の平均稼働日数が20日であれば時間外労働は月40時間、年間480時間となり特別条項が必要な段階に達します。

みなし労働時間と実労働時間は別物ですが、労働基準監督署からの指導を受けたり、労働組合との協議をまとめるためには、実労働時間を考慮して協定を結ぶ傾向にあります。

裁量労働制は労働時間と成果が比例しない専門業務に適用される制度で、「業務遂行の手段や時間配分を大幅に労働者の裁量に委ねる」という特徴を考慮すると、現状の36協定の原則的な適用についても見直しが必要だと感じています。

 

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