人事労務の「作法」

企業の人事労務課題を的確に解決します

136.労働基準監督署がやってきた!

前回、労働基準監督署から調査の通知があった際の準備について説明しました。今回は、監督官が来社する調査当日の対応について解説します。

前回示した通り、指定された書類等は紙に出力し、インデックスなどを付けて見やすいようにファイリングしておきます。周りの社員が調査の様子に気を取られることもあるので、オープンスペースではなく会議室を用意しておきましょう。

調査に対応する人事課長等の責任者や実務の担当者の心構えとしては、何か指摘を受けるのではないかとビクビクするのではなく、労働安全衛生行政を理解し、積極的に協力している姿勢を強調し、法令に基づいた日頃の取り組みを自信をもって説明しましょう。一方で、理解不足によって間違った対応をしている部分もあるかもしれないので、そのような点があれば指導を仰ぎたいといった謙虚な姿勢も必要です。

労働基準監督署の調査の目的は、法令が遵守され、労働者の権利が保護された職場環境を守ることにありますので、調査に対する会社側の対応姿勢は、その目的が達成された職場かどうかを明確に表しています。その意味では、前回示した通り、調査の冒頭に人事担当役員等経営レベルの者が挨拶をすることは大きな意味があります。会社全体で労働者の権利保護と職場環境の改善に取り組んでいるということを示すことができます。

ところで、労働基準監督署の調査には、大きく分けて「定期監督」と「申告監督」の二種類があります。

定期監督とは年間の計画に基づいて定期的に行う調査です。業種を絞って調査したり、事業所の規模を絞って調査することもあります。

申告監督とは、労働者やその関係者から法令違反等の疑いの相談があった際に実施される調査です。

申告監督の場合は、監督官がある程度の情報を持っていて、調査の対象を絞って調査しますので、会社側もそれに応じた対応が必要になります。調査の流れでどちらの調査かはある程度予測できますが、調査が始まる前に定期監督なのか申告監督なのかを監督官に確認すると良いでしょう。

もっとも、労働者側の法律や規程の理解不足で事なきを得ることが多いのですが、万が一会社側に対応の不備があった場合には、上に書いたように監督官の指導を仰ぐ姿勢を示すことが重要です。

次回、調査においてよくありがちな指摘事項について解説します。

 

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135.労働基準監督署がやってくる!

それは突然やってきます。所管の労働基準監督署から調査についての通知です。

準備する書類等を用意し、指定された日時にその書類等を持参して労働基準監督署に出頭を依頼してくる場合と、事業所に調査のため訪問する日時を通知してくる場合があります。人事担当者にとっては身構えてしまう瞬間ではないでしょうか。

稀に、予告なく突然、人事担当責任者に話を聞きたいと言って事業所に監督官が来社することもあります。しかし、責任者が不在の場合もあり、またどうしても外せない会議中ということもあるので、労災事故の調査などでない限り、突然の訪問に対しては、仮に責任者が在籍している場合でも理由を添えて丁重にお断りし、日時を調整して改めて来社してもらうのが良いでしょう。関係書類に基づいて話をすることになるので、準備する時間も必要だからです。

労働安全衛生関係の調査の場合、一般的に準備する書類等は以下のようなものです。

①労働者名簿

②出勤簿、タイムカード等労働時間の記録(直近6ヶ月程度)

③賃金台帳(直近6ヶ月程度)

④36協定等労使協定

就業規則、賃金規程

雇用契約書、労働条件通知書

年次有給休暇管理簿

⑧健康診断個人票

⑨労働安全衛生委員会議事録

⑩その他指定する書類

現在では人事給与に関するシステムが導入されていることが多いでしょうから、労働者名簿、出勤簿、タイムカード、賃金台帳、年次有給休暇管理簿等は自動的に出力できる環境になっているでしょう。ただし、これらは人事給与システムに入って見てもらうのではなく、事前に紙に出力しておきましょう。

一方、紙で保管されていることが多い36協定等の労使協定類、雇用契約書、健康診断個人票、労働安全衛生委員会議事録等は漏れがないか確認の上、見やすいようにファイリングしておきます。

労働基準監督署に出頭する場合でも、監督官が事業所に訪問してくる場合でも、対面する監督官は2名程度が一般的です。一人が上司で事業所側に質問したり、部下にチェックする箇所を指示したりします。

事業所側も監督官の人数に合わせ、2名程度で対応するのが良いでしょう。企業規模にもよりますが、対応するのは人事課長などの実務を熟知した管理職と部下の担当者が適任です。監督官が事業所に訪問してくる場合には、人事担当役員等が挨拶だけして退席するのが良いでしょう。

次回以降、具体的な調査対応について記載します。

 

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134.退職代行サービス会社の弁護士法違反疑惑について

退職代行サービス会社が、弁護士法違反の疑いで警視庁の家宅捜査を受けたとの報道がありました。

退職代行サービス会社のサービス内容は、退職希望者に代わって勤務先に退職の意思表示を行い、勤務先からの回答を依頼者に返すことが基本ですが、単に伝言だけでなく交渉事が発生することが予測できます。例えば未払い賃金の支払い交渉や、年次有給休暇の取得交渉などです。退職代行サービス会社が報酬目的でこの交渉を直接行ったり、第三者にあっせんしたりすることは「非弁行為」として弁護士法で禁止されているものです。

似たようなケースが社会保険労務士業界でも起きています。

コロナ禍において盛んに行われた雇用調整助成金等の申請手続代行は、社会保険労務士の独占義務とされているところですが、社会保険労務士でないコンサル会社等が他人の求めに応じ、報酬を得て、助成金申請手続き代行を行うことは、社会保険労務士法で禁止されています。

また、 コンサル会社等が助成金申請を目的として請け負った業務について、社会保険労務士が名義を貸す行為や、コンサル会社等が請け負った業務を社会保険労務士に再委託する行為も禁止されています。

退職交渉や助成金の申請などの業務を、士業が直接ではなく、士業と依頼者の間に法律知識が不十分な者(紹介者)が入って行えば、士業は依頼者ではなく紹介者寄りの対応をしがちです。その結果、依頼者の権利が保護されず、不利益が生じる恐れがあることから、各士業には独占業務が定められ、あっせんを受けることを禁止されているのです。

退職代行サービスは今回の事件をきっかけに世間の注目を集め、法令遵守体制がより厳しく監視されます。急速に発展したサービスであり、会社ごとの特色が見いだせないまま伝言サービスに徹するだけでは、価格競争も激しくなり、淘汰される会社も出てくるでしょう。

退職代行サービスを利用することのデメリットは過去の記事(111.退職代行サービス利用にはデメリットもあります - 人事労務の「作法」)にも記載しましたが、今回の事件をきっかけに、利用者と企業人事の意識のずれはより大きくなる気がします。やはり、このようなサービスを利用しなくともコミュニケーションが図れる関係性を構築することが何よりでしょう。

 

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133.黒字リストラを機能させるために

近年、業績が好調な企業においても、大規模なリストラ、いわゆる「黒字リストラ」が行われています。ある大手電器メーカーでも、従業員数の5%にあたる1万人規模の人員削減を行うという報道もありました。民間の信用調査会社の調べによると、2024年に希望退職を募集した企業の約6割が、直近で黒字決算であったそうです。

かつてのリストラといえば、90年代後半以降、赤字企業が最後の手段として生き残りをかけて人員削減を行うものでした。しかし、特に近年の黒字リストラはそれとは違い、好業績の中、新たな成長分野への経営資源の再配分や、組織の新陳代謝のための構造改革を行うものです。

人員削減のターゲットとなりやすいのは、成長分野への転換など環境変化に対応できない社員、人件費に見合う成果が出せない社員、コミュニケーション不足など組織との関係性が希薄な社員などで、中高年齢層だけとは限りません。これからは成長分野に必要な専門知識を身に付け、主体的に自ら学び続ける意欲を持った高付加価値な人材が求められる時代で、そのような人材を確保、育成する目的で黒字リストラが行われているのです。

ところで、成長分野への人材の流動化を目指しての黒字リストラで思い出されるのが、昨年の自民党総裁選で話題になった解雇規制の緩和の議論です。昨年は目的が不明確なまま議論の的となり、途中でトーンダウンした経緯もあり、今年の総裁選には一切話題になりませんでしたが、このまま黒字リストラだけがフォーカスされるのは危険です。

というのは、黒字リストラはあくまでも希望退職の募集のかたちで実施されますが、人員削減ありきで事が進むと、不当な解雇が横行する予感がします。黒字リストラは整理解雇の4要件には該当し難いからです。

成長分野への人材流動性を高めることは必要ですが、その手段が解雇によるものではなく、労働者の自由な意思によるべきものであることは昨年の記事にも記載しました。(076.解雇規制緩和は実現するか - 人事労務の「作法」

黒字リストラが有効に機能するためにも、昨年の記事に記載した通り、新しい政権には大学教育の見直し、職業訓練の充実、セイフティネットの確保、社会保障の拡充に至るトータルでの働く環境整備に取り組んでもらいたいものです。

 

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132.ワークライフバランスを捨てるわけではありません

新しい自民党総裁の発言が注目を集めています。「ワークライフバランスという言葉を捨てる」という発言のことです。

ワークライフバランスとは、直訳すると「仕事と家庭生活の調和」のことで、仕事を最優先して家庭を顧みないとか、逆に仕事は収入を得る手段と割り切って最低限の働きしかせず、趣味や家庭生活を重視するという考えではなく、仕事も家庭生活も調和させましょうという考え方です。つまり、仕事か家庭生活のどちらかを選ぶのではなく、両者が調和することで相乗効果が期待できるということです。

しかしながら、このような働き方については、現在においては違った考え方もあります。

例えば、ジョブ型雇用や裁量労働制の浸透により、成果をより期待される傾向にあり、成果を得るために人一倍努力しなければならない時もあります。特に、若手のうちは労働法を遵守したうえで仕事に没頭する時期があってもよいと思います。

一方で、「静かな退職」も認知されていて、どの世代においても静かな退職を実践している人の割合が4割を超えているという調査もありました。(119.「静かな退職」を放置しないで - 人事労務の「作法」

静かな退職を実践している人には、仕事にやりがいを見いだせない人だけでなく、家庭の事情、例えば親の介護などで仕事よりも家庭を重視せざるを得ない人もいます

このような中で飛び込んできた自民党新総裁の発言に対し、働きたくても家庭の事情で十分に働けない人からは、「私たちにもワークライフバランスを捨てて働けと言うのか」といった反発が出ているのでしょう。

ただ、勘違いしがちなのは、ワークライフバランスは日々の仕事や家庭生活においてだけ、その調和を求めているのではないということです。毎日毎日、あるいは1週間や1ヶ月、場合によっては数年間バランスしていない状態であってもよいのです。

つまり、会社が危機的な状態のときには、何としても会社を存続させるために頑張らなければならない時もあります。親の介護で家庭を重視しなければならない時もあります。職業生活全体において仕事と家庭生活が調和してれば良いのです。

物価高など危機的な日本経済の状況を打破するためには、この時期政治家にはワークライフバランスではなく、新総裁が言う通り仕事に邁進していただくことが正しいのではないでしょうか。

 

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131.職場復帰支援プログラムを策定しましょう

直近4回の記事で、メンタル不調からの復職にあたってのポイントを解説しました。そして最後の締めくくりとして、個々人の状況に応じた対応が必要と記載しましたが、補足すると、例えば復職の可否判断を労働者によって厳しくしたり緩めたりするということではありません。一定の基準に基づいて、個々人の症状やメンタル不調に陥った原因などを踏まえ、一人一人に寄り添った対応をしましょうという意味です。

ここでの一定の基準というのが、「職場復帰支援プログラム」のことです。

職場復帰支援プログラムは第1ステップから第5ステップで構成されます。

第1ステップは「休業開始及び休業中のケア」です。労働者から病気休業の診断書が提出されると、その内容に応じて休職を命じ、人事や産業保健スタッフが様子伺いをする段階です。休業した時点から復帰に向けたプログラムが開始されるのが特徴です。

第2ステップは「主治医による職場復帰可能の判断」です。労働者からの意思表示を受け、職場復帰が可能という診断書を受領します。

第3ステップは「職場復帰の可否判断及び職場復帰プランの作成」です。労働者の意思確認と産業医による評価、場合によっては主治医からの診療情報などを収集し、職場復帰の可否を判断する段階です。職場復帰可能と判断すれば具体的な復職日、復職部署、業務内容等の職場復帰プランを作成します。

第4ステップの「最終的な職場復帰の決定」では、作成した職場復帰プランを労働者に示し、最終確認を行います。復職前にリハビリ出社を認めたり就業時間制限を行うなどイレギュラーな対応を行う場合には、その内容を書面に記載した「確認書」を取り交わすのが良いでしょう。

職場復帰した後、第5ステップで「職場復帰後のフォローアップ」として、再発防止に向けて回復状況や勤務状況を評価し、必要に応じて職場復帰プランを見直すなど行い完全復帰を目指します。

以上の職場復帰支援プログラムに基づき、予期せぬ事象も想定しながら個々人の置かれた状況に寄り添って復職に向けた対応を行うというのが一連の流れです。ぜひ、事前にプログラムを策定しておきましょう。

下に厚生労働省による「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を参考にした職場復帰支援プログラムのフロー例を示します。

 

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130.メンタル不調からの現実的な復職対応(その2)

前回の続きから記載します。

主治医が現段階で休職前の業務に復帰することは難しいと判断した場合、一つの方法としては業務内容や所属部門を変更して復職させることです。

元の業務への復帰を前提に、軽作業というわけにはいかないですが、業務負荷軽減を考慮しましょう。ただし、業務負荷を軽減するのは一時的で、あくまでも元の業務に復帰するためのリハビリ期間と捉え、概ね3ヶ月程度で元の業務に戻ることを目標とします。軽減した業務に慣れてしまうと、元の業務に戻ろうという意欲が途切れてしまうからです。

しかし、メンタル不調に陥った原因が職場の人間関係にあったのなら、その関係性を解消すれば良いのですが、業務そのものがメンタル不調の原因であったのなら、多少のリハビリ期間を設けても元の業務には復帰し難いものです。この場合は、一時的ではなく完全に業務内容や所属部門を変更する必要が出てきます。

ただし、職務を限定して採用したジョブ型雇用の場合、業務内容の変更には本人の同意が必要です。また、職務の変更に伴って賃金額が変更になることもありますので、併せて同意を得る必要があります。

主治医が現段階で元の業務に復帰することが難しいと判断した場合のもう一つの方法は、回復するまで待つということです。中途半端な状態で復職し、仮に一時的に業務を軽減しても、回復途中にあった場合は再発のリスクがあります。一度復職しても再発した場合は本人も自信を失い、次の復職が大変難しくなります。完全に回復してから復職させるというのが一番良い方法です。

しかしながら、休職期間にも限度があるため、やがて復職か退職かの判断を迫られる段階がやってきます。この段階でまだ回復が不完全な場合は、無理に復職させるよりも、退職とした方が再発のリスクを考慮すると不安は少ないでしょう。

ここで可能であれば、退職となるが後々回復したら再入社を検討することを伝えておけば、この社員も安心して治療に専念できるでしょう。もし本当に回復したという連絡があれば、経験者として中途採用を検討すればよいわけで、未経験者を採用するよりも効率的です。

以上、4回に亘ってメンタル不調からの復職にあたってのポイントを解説しましたが、決してすべての人に通用する正解というものはありません。やはり、個々人の状況に応じた対応が必要になります。

 

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